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2007年3月

2007年3月31日 (土)

池谷精肉店のつけそば

P1000377 旨いぞ旨いぞとWebなどで紹介されている秋川駅近くの「池谷精肉店」に始めて行って来ました。日曜日の昼過ぎ、西武信用金庫の有料駐車場に入れ(30分100円)、店頭に。店内は行列の順番待ち。

自動販売機でお好きなめんを注文するスタイル。なんか丸文字風のメニューと説明があるんだが、達筆すぎて、なかなか頭に入らない。牛すじつけめんとか、我流つけめんとか、カレーつけめんまで幅広い選択肢があり、ちょいと迷う。まぁ、ワタクシはデビューなのでオーソドックスの「つけめん」を選択。700円。

チケットを購入すると、ご主人が、注文を聞いてくれる。「並」か「多め」かを選択する。「大盛り」は50円プラス。それと「野菜」をつけるか要らないかの選択も行う。ワタクシは「多め」と「野菜」をつけてもらう選択を割りと瞬時に決断して伝える。

P1000380店内の注意書きに「ゆっくり待て」というような指示が書いてあるので、ゆっくりとお水を飲みながら待つ。待つ。待つ。なんだよ、早く食えよ。待つ。まだ食ってるよ。待つ。待つこと35分。

案内された席に座ると同時につゆと麺が到着。なるほど、太い。つややかである。期待が持てる。

P1000382 野菜も、もやしとキャベツかな?たっぷりと添えられている。うむ、やるなという印象。つゆは、やや温め。麺が冷たくて美味。もう少し、熱めのつゆのほうがいいかな。食っているうちにだんだん冷えてくる。しかし、魚系のこってりとしたなかにさっぱりした味わいのスープと極太麺のつるつるとしたコシのある麺が良く似合う。もやしとキャベツがそれにアクセントを加えてあっという間に完食。5分もかからない。

いったい、前のやつらは、どんな食い方をしているのだ。ぱっと食ってぱっと帰れよ。家族連れだと特に、遅い。親父が家族の残した麺を食っている。まぁ日本は残飯(食糧残渣)が30%以上あり、自給率を下げる要因になっていると聞くから、これはこれで偉いのですが、後ろに立っている行列人を見ながらの活動を行ったほうがカッコはいい。

P1000383 注意書きに「最後にスープをください」というと残ったつゆにスープを入れてくれるというので、それを実行。これも美味。

本日は、我が配偶者と息子たちでいったのですが、特に、「ラーメンあんまり食いたくない」派の配偶者の評価が高かったのは凄いことです。息子は、実は二回目だとか店から出てからご発言。前に食った「我流」のほうが、こってりで旨かった。と。早く言えよ。

心引かれた「牛すじ」つけそばを食いにまた来ようかな。いいんじゃないのいいんじゃないのの合掌。ごちそうさまでありました。

■池谷精肉店
あきる野市秋川1-2-5 電話042-550-6640
平日11:30~15:00 18:00~21:00 土日11:30~21:00 月曜定休
(麺がなくなりしだい終了だそうです)
●つけそば750円、特つけそば900円、チャーシューつけそば1000円
 牛すじつけそば800円、カレーつけそば800円、メンマつけそば850円
 中華そば650円などなど。

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2007年3月30日 (金)

人形町の桜

200703281345000 人形町も桜の花が咲き始めました。

公園は、花見の場所とりのテープが・・・。

はなつぼみはなはなつぼみ三分かな(青椒・万次郎)

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2007年3月28日 (水)

ホッピー仙人さまありがとう。

先日、憧れの桜木町・野毛「ホッピー仙人」にようやく、突入することができました。すでに桜の花が咲き誇っている。

Cimg0048場所は、桜木町から程近い野毛の大岡川に面する都橋商店街。二階建ての細長いビルの1階、2階が小さな飲み屋であふれている。三十数軒の飲み屋が入っているらしい。

しかし、この野毛地区の飲み屋、食い物やの数は凄い。中野北口の飲み屋街といい勝負。しかも、立ち飲み的な魅力ある飲み屋が多いのが特徴。

P1000335_1目指す、「ホッピー仙人」は、川に面した二階建ての建物の二階のまんなかへんにあるお店のドアをあける。前回の桜木町遠征の時には、ドアの前まで来ていたのですが、ちょっと怖くて入れませんでしたが、仙人からブログのコメントで、ご招待の案内されましたので、今回は、堂々と突入。「ブログの万次郎です」と言うと覚えていてくれました。

お店は8人ほどのカウンター席。でも人がどんどん入ってくる。後ろで、「立ち」で飲んでいる。まず、おまかせでポッピーを注文。お通しなのか、煮物をだしてくれる。さらなる、つまみは乾き物を購入する。ホッピーが来る。沈黙が店を支配する・・・。

P1000341 おっ!なんだこの沈黙は?と思っていたら、来た人が最初に飲むときに、みんなで乾杯をするのだそうだ。それがしきたりらしい。仙人曰く、これだけの狭い店なのに、知り合い同志の「島」ができちゃうのはよくないと、みんな和気藹々に語れる雰囲気をつくるために生み出した仕組みらしい。みんなで、乾杯!!

これをきっかけで、始めて来たのに、いろんな会話が交差する。とてもゆったりとした気持ちになる空間。贅沢な空間であります。

P1000344 これなんだかわかりますか?と樽からグラスに少量を注いでくれる。ボージョレヌーボーの空き樽に泡盛を詰めたものだという。フルーティでとても泡盛とは思えない飲み物に進化している。二杯目は、これでホッピーにしてもらう。

なんだか、二杯でいい気持ちになる。前から気になっていた「日の出理容院」というバァーにも行きたいと思っていたので、仙人にそれを言い店の場所を教えていただく。ふらふらと店を探し出したが、酔っ払いおやじは、聞いた場所もすぐに忘れるので、仙人に電話して、もう一度教えてもらおうとしたら、いま居る場所を尋ねられた。いま行くからそこから動くなとのこと。

P1000347そして、理容院まで連れて行ってもらったが生憎の休業。絶対に一度は入ってみたい、いい顔をしたお店でしょう。なかなかないですよ。聞くところによると女性客も多いらしい。

それでは、そっちの先にあるバァーが値段も手ごろだし、店の雰囲気もいいよ。ピザも美味と教えてくれました。

P1000348 橋を渡ったすぐの「クライスラー」に突入。

まずは、定番のP1000350 「ラスティ・ネイル」を。次に「ラフロイグ」をロックで。店内は、重厚な雰囲気。奥にはジュークボックスも。思わず、加山雄三の光進丸を・・・・。このへんから記憶が曖昧????・・・。桜木町の夜は、咲き出した桜の香りとともに更けるのでありました。

ホッピー仙人さま、感謝感謝の合掌であります。また、顔忘れられないうちに行きますからよろしくであります。

ホッピーのステッカーやホッピーの瓶の携帯ストラップまで、お土産にいただきました。あわせて感謝であります。ホッピーのホームページを見ましたが、なかなか奥深いホームページです。

P1000388

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2007年3月25日 (日)

玉川上水を歩く 第一弾!羽村-拝島

春の風に誘われて、川辺を歩こうと考えました。そうだ、玉川上水があったな。ということで、とりあえず挑戦。やっぱり歩いた後は、風呂と酒のどちらかが必要。両方あれば一番。第一弾は、羽村の堰から拝島駅を過ぎ西武線の踏切を渡った「ふたみ橋」まで。そして湯楽里で一風呂浴びようコース。

東京都水道局のホームページに玉川上水関連の資料があったので印刷。特に、「散策マップ」が役に立ちます。さすが、現役の水道導水路だけはある。

P1000232 水神社に立ち寄りご挨拶。ぺこりぺこり、ぱちぱち、ぺこり。今後のウォーキングをさせていただくお願いをする。

■水神社
玉川上水開通後、玉川庄右衛門・清右衛門の両人が水脈鎮護の
ために建立。明治維新前までは徳川幕府の所轄であったが、
明治26年、東京府はそれまで水神宮と云われていたのを玉川水
神社と改称し、同時にこれを管理し、その後は東京市に属し、
明治28年に社殿を改築した。社前の石灯篭は、天保10年(1839)
筏乗りが寄進したもの。
御神体は小石で、祭神は水分大神水
波能女命を祀り、例祭は毎年9月5日。
大正7年5月21日には
本社の分祀を多摩川水源の山梨県東山梨郡萩原山字水干に建立。

現在、玉川水神社の管理は東京都水道局から羽村市民等で作る
「水源愛護会」に移っている。
水神社の全国総社は奈良県に
ある「丹生川上神社」で、紀の川の上流・吉野川流域に上社、
中社、下社の三社がある。祭神は、日本最古の水神・罔象女神
(みずはのめがみ)である。

P1000241 10:55分に玉川兄弟の銅像前をスタート。工事の真っ最中で、銅像にも近づけない。桜祭りがまうすぐなのでその関連か、年度末なので予算使っちゃおう活動か。

上水に沿って未舗装の道を歩く。すぐに、羽村橋。このしたが、村山貯水池への分水路。

羽村大橋をくぐると堂橋。ここからの眺めが気持ちいい。これで桜が咲いているととてもいい風景である。ここは、むかしの資料には、川崎橋として記されている古橋の一つだ。

P1000247 川崎橋とは、この橋付近の地名が川崎であったことに由来するらしいが、明治末期頃に堂橋と改称された。土地の伝説によると、聖徳太子が摂政となった大昔のこと、多摩川の大洪水で押し流された上流の村人16人が一本の大ケヤキにしがみついて、この川崎付近の岸に打ち上げられ命拾いをし、漂流してきた人々は大ケヤキを救いの神として、このケヤキ一本で小さなお堂を建て、金無垢の薬師如来を祀り後世に語り伝えることにした。
川崎一本堂と呼ばれるそのお堂が近くにあることから、堂橋と愛称され改称されたとのこと。

P1000248 上水のなかに鯉たちが寄り添ってなにやら会議をしている。

  

新堀橋、加美上水橋と橋が続く。

P1000249上水の右側が「加美上水公園」そして「かに坂公園」と左に上水の流れ、右に公園の道を進む。宮本橋で未舗装の道が終わる。突き当りを右に行くと「田村酒造」。

ショールームでお酒を購入することも可能。広い庭園のような庭がいい。

宮本橋まで戻り、上水に沿って進む。奥多摩街道。「福生分水」、宿橋、新橋を過ぎ、清厳院橋を渡る。橋の袂が、清厳院。ここには、東京湧水のひとつに数えられる湧水がある。今は、湧水量が少ないのか、池は苔が繁茂している。

清厳橋からは、奥多摩街道に沿って上水を進む。車の量が多いので注意。熊野橋、かやと橋、牛浜橋を過ぎる。右側に「ほたる公園」。ここは熊川分水の取り入れ口でもある。この先の青梅橋を渡り北上。「熊牛公園」のところで青梅線を渡る。すぐに、右に線路に沿って進む。道標がないので注意。ワタクシも、そのまま進んで福生図書館まで行ってしまった。

P1000264 道なりに住宅の中を進むと五丁橋。ここを渡ると「水喰土公園」。ここには、上水路の掘削後が保存されている。

ここを掘っていたら、水が地面に吸い込まれてしまったため、再度、工事をやりなおして、北側に新たに掘り進んだ。水が吸い込まれてしまったことから「水喰」という名前がついたそうである。

P1000267 公園の北側に上水に沿った小道がある。ここも道標がなく、多分迷ってしまう。上水に沿って進むと日光橋公園に。ここを渡り、上水沿いに進む。拝島駅が見えてくる。平和橋。

ここを渡り、上水に沿った一段道路より高い小道を進む。

西武線を渡り、ふたみ橋を渡る。しばらく行くと「湯楽里」。

P1000268 本日のゴール。

羽村市から福生内の上水の道標は整備されていないので、迷いやすい。昭島市に入ったとたん、これでもかこれでもかというくらいに丁寧な道標が、橋を通過するごとに出ていて、現在位置が分かりやすい。

後で知ったのですが、羽村市が発行している「玉川上水散歩マップ」というものがあることを知りました。ワタクシはまだ未入手ですが、次回は、これを手に入れて続きをあることう思いました。合掌。

■「玉川上水散歩マップ」は、羽村市教育委員会発行、羽村市文化財保護審議会監修、玉川上水散策マップ編集委員会編集による 48ページの小冊子で、平成11年3月に完成しました。玉川上水起点の羽村市取水口から、玉川上水が地下に潜る杉並区浅間橋(せんげんばし)までの全長31kmについて、玉川上水の流れとともに散策を楽しむための情報を詳しい地図入りで解説しています。羽村市市役所受付と羽村市郷土博物館で販売(500円)しています。

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2007年3月24日 (土)

パイナップルの丸かじり

敬愛する東海林さだお先生の新刊本を読了。「丸かじり」シリーズもはや26弾。

パイナップルの丸かじり Book パイナップルの丸かじり

著者:東海林 さだお
販売元:朝日新聞社出版局
Amazon.co.jpで詳細を確認する

今回もふらふらと齧りまくる。むこうに安い飲み屋があると聞くと行って飲み、こちらにフッシュカツがあると聞けば行ってかじり、左に「冬のソナタ弁当」があると聞くと行って驚き、右にサクマのドロップ問題が発生すると行ってフンフンと感心する。

そんないろいろな食のお話を読んでいると、なんとなく人生は、こんなもんでいいのかな。という安心気分になってくるのが、このエッセイシリーズの特徴。

「心」が疲れていたり、右目のまぶたがピクピクしている人、なんとなく世間にバカヤローと呟いている人におすすめかもしんない。

ちなみにワタクシが追跡したくなったのは・・・。

●秋葉原駅昭和通出口1分の百円均一居酒屋「百武」。
●徳島名物「フッシュカツ」。
●北海道元祖カレーラーメンの「カレーラーメン」
●サンクスの「おやじ道弁当」。(五日市にはサンクスがない。)
●杉並区上井草スポーツセンター内てんとう虫の「らあどん」。(ラーメンなんだけど、麺がうどん。でらあどん。)

その他、いろんなおかじりがありますので、ご自分に合うおかじりを探してくださいな。

なんだか、ビールが飲みたくなってくるのが不思議なエッセイであります。1000円でいい気分のありがとう合掌。

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2007年3月23日 (金)

失われた夜の夜

また良い(酔い)本に出会ってしまいました。「失われた夜の夜」(ジャン=クロード・イゾ)。早々とワタクシの2007年のベスト本にランクイン。こういうのに弱い。ワタクシ好みのミステリー。

特に、フランスのノワール系の本というのは、しみじみピノ・ノワール種のボディあるワインを飲んでいるようだ。文体も簡潔。「。」「。」の区切りが心地よい。

主人公のマルセイユ中央警察署の刑事ファビオがいい。「私は釣りと沈黙を愛した。野山を歩き、冷えたカシを飲む。夜が更ければ、ラガヴーリンかオーバン。ほとんどしゃべらない。何事にもこだわりがある。生について、死について。善について。悪について。映画には目がない。音楽も好きだ。同時代の小説はもう読まない。そして何よりも生ぬるいのと軟弱には吐き気をもよおす。」と言うファビオがいい。ラガヴーリンですぜ。オーバンでっせ。

20年も会っていなかった幼馴染の犯罪者二人。その二人が次々に殺された。二人の死を調べ始めた彼。さらに、心惹かれていた娘が失踪し、そして遺体が発見される。二つの事件に挑むファビオの孤独な闘いが。いま、ハードボイルドが始まる。

失われた夜の夜 Book 失われた夜の夜

著者:ジャン=クロード・イゾ
販売元:東京創元社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

この本は、通勤電車の帰り道に馬鹿親父や馬鹿女どもの五月蝿い話し声や、となりのちょいと可愛いがオト漏れワガママおんなに負けずに読んでいましたが、やはり途中、アルコールが欲しい欲しいと、「心」がおっしゃるので、吉祥寺に途中下車をして、「かっぱ」に行きビールの小瓶に泡盛、おしんこ(醤油だけ。だまっていると化学調味料をふりかけるので、醤油だけと言う。)、レバ刺しタレで二本。を補給してノワール小説の濃さに負けぬように「心」に充電をしました。合掌。

でもその日は、結局、「もっと欲しい」「もっと欲しい」という「心」のおっしゃるまま、「泡」追加、ガツ刺しとおっぱいとカシラタレ一本づつと野菜一本づつ塩で・・・。とか言っている間に夜はふけるのでありました。

そのうち意識が「失われた夜の夜」というふうに、小説の題名とダブるのでありました。あぁ五日市は遠い。合掌。

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2007年3月20日 (火)

青梅古道を歩く

古道を歩くバイブル「五日市町の古道と地名」を片手に、とりあえず我が小机を横断する「青梅古道」をウォーク。この道は、前に書いた「武州打ちこわし」ルートと重複をするが、改めて歩いてみた。【8:10分スタート】

P1000120 まずは、日の出町の「籐太口」をスタートとすることにし、ここまで秋川街道を日の出町に。大久野中学の前のラーメン屋の細道を入るとそこが籐太口。ここに大正時代まで「籐太橋」というのがあった。看板の根元に当時の橋材の石が置かれている。慶応二年の打ちこわし部隊もこの橋を通ったことだろう。籐太口の由来は、この端の先の山、勝峰山に平将門が陣を構えこれを追っての俵籐太秀郷が弓で射ったところから来ている。ちなみに、射た矢は外れて向こうの沢に落ちた。この沢を矢越沢(ヤゴエザワ)といった。やがて、なまって今は夜光沢(ヤコウザワ)。

ゲートボール場方面に歩くと、道が三叉路に。右がゲートボール場。まん前が、太平洋セメントの社宅アパート。真っ直ぐ進むと、つるつる温泉方面に。そして、青梅道は、左。

P1000123_1 左に曲がる際に石の置物が。濱中五兵衛さんが約230年前の安永年間に建立した「供養石」。五兵衛さんは、明和4年(1767年)から「行道」を始めて寛政5年(1793年)まで約30年間に地域の平穏と家族安泰を願って、関東、関西、四国、中国の607寺院を納経しながら歩き回ったとのことです。我らウォーカーの地域の先達であります。ウォーカーの人々は、この近くに来たらよって挨拶をしましょう。

供養石を過ぎ、左に畑、右が社宅の道を遡る。右に壊れかけた土蔵が。道なりに進む。

P1000129 ここがグミの木峠。峠といっても平坦な道が続く。右下が田んぼの跡。昔、冬になるとこの田んぼに水を引いて凍らせてスケートをしました。スケート靴なんてのはありませんから、舘谷の鍛冶屋で作ってもらった「ゲタスケート」、靴の下にスケートの歯だけを付ける物。これで滑れるようになったら、羽村にあったスケート場や御岳のスケート場に出陣したものです。でもその際には、ゲタでは、入れてくれないので、スケート靴を手に入れなければならないという難関がありました。スケート靴も、「ホッケー」というのと「スピード」といのがあって、普通は「ホッケー」なんですが、気取った兄ちゃんなんかは、歯が鋭くて長いスピードの靴を履いて、片手を腰に当てて、すんごいスピードでスケート場をぐるぐる廻るのでした。スケート場デビューは、たしか小学校5年ぐらいで、「ああいうところは不良」がいるから気をつけろとか云われてましたけど、ちょっぴり不良デビューもよいものでした。

P1000136 峠を過ぎると小机の集落に。

集落に出て、道をくだるとすぐに左折。民家の間の路地のようですが是が、本当の古道。

庭先をおじゃまするように横切り、山際の草地のようなところの細道を進む。墓が左手にあり、それを過ぎると左上に寺が。

■徳圓山 福寿院 臨済宗・建長寺派
小和田の広徳寺の末寺。文安年間(1444~1449年)の創立。本尊は聖観世音菩薩。開山は広徳寺三世天叔和尚の法嗣・明天察禅師。開基は明善庵主。17世宝山和尚が明治6年に寂してから無住。明治16年1月4日の火災に類焼して建物、古記録等を焼失。以前は七間半に五間の本堂を構えていた。

寺に沿って細道をすぐに、諏訪神社の石段が。細道を続けていく。古道らしい風情の道が残る。民家に沿って進むと新道に交差。左に道なりに進み、突き当たりを左に。

P1000158 すぐに右に下りる道がある。ここからも古道らしさが残る小道が続く。マイマイ坂の基点でもある。折りきったところに石仏が2体。誰が着せるのかいつも真新しい赤い着物を着ている。言い伝えでは、慶応二年の武州打ちこわし部隊の犠牲者を祀っているのではとの説も。

P1000161 さらに下る。急カーブを抜けると、向こう側に小倉原の台地が。打ちこわし一揆勢は、ここで五日市側が用意した農兵隊の銃撃によって死者2名、負傷者多数の犠牲者を出し敗走。捕虜も多数に上った。

深沢川(天神川)の清流を渡り、小倉原の台地への急坂を登る。登りきったところがT字路になっている。これを右に。すぐの三叉路を左に入る。

P1000168 小倉原の台地から小机平の台地を望む。慶応二年には、谷を挟んで一揆勢と五日市側の山林地主と商業資本家の雇う農兵隊が対峙した流血の戦場。

いまはなにもなかったかのように、うつらうつらとした風景が続く。小倉自治会館は、昔はお堂があってその前に釣瓶式の井戸があって小学校の行きかえりに遊んだものでした。(この経路が小机から五日市小学校の通学路になっていた)

P1000171 すぐに寺が。

■福祐山 徳蔵時 臨済宗建長寺派
文明13年(1481年)10月開山・柏芳樹和尚によって建立。地蔵菩薩立像が本尊。昭和4年3月火災で本堂などを焼失。それ以来無住であったが昭和17年に再建して現在にいたる。

P1000177 寺の前の急坂を下るとすぐに右手に降りる道が。ここで深沢川を渡り、さらに急坂を登る。登りきったところが、五日市から樽、深沢に向かう道との交差点。

P1000179_1 ここが青梅古道の終点。短いけれど起伏があったり、寺があったり、沢が流れていたりと充実したコースです。近くの方は、腹ごなしのウォーキングコースとして最適です。物足りない方は、五日市に出て、八王子道や甲州古道に挑戦したり、右に曲がり深沢方面に行き、憲法発見の土蔵まで足を延ばすとかいろいろバリエーションができるコースでもあります。春の風たちに感謝の合掌。

【8:52分・3207歩・2.94km・141kcal】

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2007年3月18日 (日)

五日市町の古道と地名

P1000215 「五日市町の古道と地名」という名著があります。五日市を通過する街道や地回り道という地域内の古道を紹介している本です。「行政機関で調べても雲をつかむようなものだった」ものを、ここまで明確に整理された功績に頭が下がります。実際に一部を除き全て「踏みしめた」ということです。だから、本を読んでいるだけでも、道筋がおぼろげに浮かんできます。略図がいろいろあり、今の地図におとしてから活用すると立派な「古道マップ」になります。

地名編も後半にあり、五日市の地区ごとに代表的な地名の由来や意味などが書かれています。五日市人のバイブルとでも言っても過言でない本です。アマゾンや本屋では多分購入できない本だと思います。五日市図書館には数冊がありますので一度ご覧ください。五日市郷土資料館でワタクシは、以前購入しました。

ちなみにワタクシの住む「小机」の地名の由来は・・・

机は卓と同じで物を乗せる台のことである。それから転用されて、小高い台地や平地などの呼びことばに引用された。小机は小さな台地、小平地の意である。「小平」(コダイラ)などと同系である。国鉄横浜線の沿線にも同名がある。

なるほどなるほど。先人たちのこうした労苦に、ありがとうの合掌。

■五日市町の古道と地名
執筆者 並木米一
昭和五十九年十月五日 第一刷発行
発行 五日市町教育委員会
製作 五日市町立五日市郷土資料館

●関連情報:あきる野市立図書館の秋川本館にあきる野市の5万分の一の地図が、明治時代、大正、昭和と年代順に揃っています。閲覧も可能。コピーも地図の半分まではOKということなので、利用しないてはありません。お知らせの合掌。

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2007年3月15日 (木)

五日市・きさいち豆富店

P1000200_8 舘谷「きさいち豆富店」をときどき利用します。ここの豆乳がお気に入りで、休日に購入しています。名前も「豆腐店」でなく「豆富店」というのが特徴。

豆乳もおぼろとうふも兎に角、濃い。豆に富んでいるさすがに、店名どおりの味です。

P1000214 とろっと濃くて美味。ペットボトルの空き瓶に入れて売っています。500mlのペットボトルなら、125円。2リットルのペットボトルに入ったものまであります。

そのまま飲むのもいいけど、少し温めて「にがり」を少量入れて、電子レンジで60秒ほど温めると「沖縄風ゆし豆腐」に変身します。

熱々のところに、醤油をかけて、ビール片手に食すと人生の至福の片鱗を味わえます。

ここの「おぼろとうふ」も、美味。こってり濃くてふわふわの寄せ豆腐は、醤油をたらして、温かいご飯の上にのせて、はふはふとかき込むとこれも人生の至福の片鱗その二弾というP1000213 感じでなかなかなのであります。濃いと感じるのは、多分豆乳の濃度が濃いから。たっぷりの大豆の絞り汁をふわっと塩化マグネシュウム(にがり)で寄せた(固めた)そのままの味がします。生まれは大豆だが、大豆とは違う、「豆腐」という世界に突入してしまったものですね。

もうひとつ嬉しいのは時々しか購入しないワタクシにまけてくれるのであります。本日も、125円の豆乳と188円のおぼろとうふで、合計300円でいいという計算でありました。美味感謝の合掌。

P1000201 P1000202

■きさいち豆富店
あきる野市館谷96 電話042-596-0575 
休日は日曜日

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2007年3月14日 (水)

むかし道ウォーキング2 もえぎの湯

P1000096 「むかし道」入口から奥多摩駅に向かう。

橋を渡ると奥氷川神社が。

東京都の天然記念物の三本杉に触り、P1000098 ちょっと虫歯系の狛犬くんをいいこいいこと撫で撫でしてから、奥多摩ビジターセンターに立ち寄る。

ここで周辺の地図と「むかし道」の資料を次回用に貰っておく。

東京方面に2分ほど歩くと「もえぎの湯」へ続く道路の入口に。ここから5分ほどで到着。

P1000100 750円のところ「クーポン券」で100円引き。しかも1時間延長可能とのこと。受付がじいさんだったが、やたらこうした施設で、若いお姉さまをお雇いになられているところがありますが、07年問題を考えれば、自ずとこうした施設は、退職者の方々でたくさん。

お客だって「あぅー」「あぅー」系の人が多いのだから、受付だって「あぁぁぁぅ」系の方でたくさんです。安らぎの施設は、安らぎの人々と安らぎの会話が一番似合います。若いお姉さまが受付だったらお互いになかなか大変で、「このじじぃ、早く金だせよ」とか心の中で思いながら顔はにこにこで、ストレスが溜まるし、じじぃばばぁは、急かされて早く早くで疲れてしまうしで、いいかげん合掌なのであります。合掌。

さぁてと、男湯男湯と呟きながら男湯へ。男湯男湯と呟きながら、女湯にいってしまうじぃさんもたまにみかけますが、私はキッチリと男湯へ。

ここは、このあいだの「むかし道」ウォークの時もきましたが、そのときは、女湯が男湯だったような気がしましたので、お掃除係りのおばさんに聞いたら、日替わりで男湯と女湯をかえんだって。なーるほど。でも、この方式は、一部の高齢者シンドロームの人には紛らわしいことかもしれない。昨日と今日の区別がつく人は、なかなか高率ではありましょう。でも、いいじゃない。男も女も一緒のほうが紛らわしくなくて。いっその事、混浴にしてしまったほうが、楽だよ。

とか考えながら、男湯で、脱衣類をしてから、(脱衣類をしないで入る方も多少いるのかなぁ)風呂に。うぉーいい湯であります。でもせまいな。これから山男山女系が大量動員してきたら、どうすんだろうという狭さ。

おおそうだ露天風呂もあったな。こっちのほうが広々として気持ちがいい。多摩川が活き活きと眼下を奔る。

P1000104 北京のおじさんも気持ちよく温泉に打たれている。今日も北京のおばさんと離れた一人旅で、ずいぶんご機嫌。

聞くところによると、中国でも温泉はたくさんあるらしい。楊貴妃が入った温泉まで残っているそうだ。

そんなお話をしながら、渓流の音に包まれてうとうとするワタクシと北京のおじさんでありました。ゆったりとうとうとの合掌。

もえぎの湯

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2007年3月13日 (火)

むかし道ウォーキング

これで二度目の「奥多摩むかし道」。昨年の5月に始めていったときには、崖が崩れて廃線跡のトンネルを歩いたので正規の「むかし道」は完歩していなかったので再度チャレンジ。一度目は、奥多摩駅近くの「むかし道入口」から奥多摩湖をめざしましたが、芸がないので、今度は、奥多摩湖(水根バス停)から逆に、奥多摩駅を目指すコースに。こちらも「入口」という表示。両方とも「(出口)」とか書いてないのです。ちょっと可愛げがありませんが、しょうがないかで、奥多摩駅前からバスに乗りスタート。「水根バス停」まで15分340円。

P1000023 まぁこっちのほうが、基本的には下りだから楽かなと思いました。

水根バス停8:45発。道路を渡り山側に。すぐに看板があるので、急坂を登る。5分ほどでT字路に。右折しさらに坂を登る。視界が開け奥多摩湖が眼下に。

左へ急カーブ、看板があるので、折り返すように細道を上がる。水根の集落。民家が並ぶ細道を行く。「青目不動尊」の看板が。一般公開はされていない。

道なりに砂利道の細い道を下る。沢を横切りさらに下る。熊がいるとのことなので「うほ」とが「うんうん」とか声を出しながら歩く。

P1000035 浅間神社をすぎ、中山集落に。ここががけ崩れした現場。前に来たとき、迂回路を通らず「多分通れんだろう」気分でここまで来たら、ずっぽり道が無くなっていて一面の谷底。近くの民家のおじさんに、「どうしよう。どっか道ありますか?」と聞いたら「たかまき」(くずれた所の上を迂回)すればと言われたので、途中から山を登り、崩れた道を迂回しようとしましたがとんでもありません、谷が下まで落ち込んでいて、一歩間違えば、ころがり落ちそうなので、慌てて戻って、きちんと迂回路を行った記憶が浮かびました。合掌。【9:23分・2689歩・2.25km・126kcal】

P1000042 集落の手前で折り返すように、むかし道は急坂の細道をくだる。猪避けなのか、細道に沿って電気の柵が続く。

触るなとのこと。触らないですよ。猪や熊じゃないんだから。

P1000048 おっーーーーっと。「がさごそっ」と音がするので下を見ると熊ならぬ「かもしか」さんではありませんか。

向こうもなんだぁなぁという顔つきで、ワタクシ方面をぼぉっと見ていたので、記念にパチリ。

ワタクシは、そろりそろり、さよならさよなら、来なくていいからね。とそっと細道を駆け下りる。「かもしか」さんがいるということは、「くま」さんもいらっしゃるのかなぁとか思いながら兎に角駆け下りました。下りきったところから舗装路に。

右側の遥か下を多摩川の渓流が音をたてて流れている。ここで一句。

            

P1000059いきいきと三月のなか川奔る(青椒・万次郎)

ここからの道沿いには、「牛頭観音様」やら「馬の水のみ場」、「縁結びの地蔵様」、「がんどうの馬頭様」、「耳神様」、「弁慶の腕抜き岩」やらが続いて飽きることはない。

釣り橋も2ケ所。「道所橋」と「しだくら吊橋」。両方とも5人以上乗るな!の立て札が。揺れるね。多摩川がダムから逃亡して活き活きと川らしく堂々と流れている。

P1000080 さらに歩くと「白髭神社」と「大岩」に。神社に覆いかぶさるような大岩は秩父古生層の石灰岩。対岸まで続くという。狛犬も口に紅をひいている。春はうきうき。【10:20分・7778歩・6.45km・361kcal】

不動の滝をすぎ、桧村に。ここで青梅街道と出会うが、左に上がる階段が「むかし道」だからこっちを歩けと偉そうに看板が指差すので、ひいひぃひいいながら登る。

そのまま、だらだら歩くと槐木(さいかちぎ)に。巨木の下が休憩所になっていて、トイレも完備。馬頭観音などが。ここから入口まではあと少し。小休止。巨木に触っているとなんだか心が落ち着く。【10:55分・11155歩・9.25km・519kcal】

P1000094 舗装道から分かれ「むかし道」は、細い砂利道になり、急坂のくだりに。廃線路のトンネルの入口上を過ぎると廃線路の踏み切りに。「羽黒三田神社」の前を通り、最終地点に。最終地点が「むかし道」入口。【11:08分・12348歩・10.24km・577kcal】

さぁて汗を流しに温泉だ。「もえぎの湯」。「駅からハイキング」のパンフレットについているクーポン券を出すと100円引き。

また、JRの宣伝をしてんのかと言われそうだけど、いま五日市線に置いてある「青梅・五日市線の旅・ウォーキングマップ」を手に今回、ウォーキングしましたから、またイベントのお知らせをしておきます。皆でわいわいいかれる方は・・・・

■新緑の奥多摩むかしみち
 ●実施日:5月19日土曜日
 ●受付場所:奥多摩駅前
 ●9:00~11:00
 ●募集人員1000名 参加費無料
 ●電話03-5447-0973

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2007年3月12日 (月)

「モツ煮狂い」 よいご本です。

西荻窪の信愛書店を覗いていたら発見。この信愛書店は、中央線的プラス西荻的文化あふれる本たちが並んでいて、とても小さな本屋なのですが、「奥行き」が深くて、品揃えに感心して、「戎」で飲むときなんかに寄っています。

そこで見つけたのが「モツ煮狂い第一集」。サブタイトルが「東京「都市郊外」のフォークロア」。東京のモツ厳選20店とモツ煮レシピ研究5点入りのモツ煮関連大盛りの薄い本です。

P1000119

巻頭の論文が凄い。「モツ煮の歴史と荷風が見た東京」ですもの。ここで、「モツ煮」の歴史を勉強させていただきました。また、東京都の屠場が1936年(きしくもスペイン市民戦争の時代)に芝浦屠場に集約されるまでは、区部の屠場は、浅草千束、芝白金、千住、三河島、三ノ輪、寺島(東向島)にあったそうです。都市の周辺部の風景とモツ煮が重なる。そして、今も名店は、そうした風景と人々の生活を前提としてしっかりと活き活きと残っているということです。なんだか、モツ煮食いたくなっちゃってきたので、とりあえず合掌。

ここで紹介される名店を列挙します。「串煮込み伝統スタイル」部門トップが門仲の「大阪屋」そして、町屋「小林」、千住「不二」、南千住「弁慶」、新宿&銀座「ささもと」。「歴史的名店部門」では、東向島「丸好酒場」、立石「宇ち多゛」、立石「江戸っ子」、月島「岸田屋」、大森北「蔦八」、赤羽「米山」、滝野川「高木」。「モツ煮バラエティ部門」では、森下「山利喜」、白金「鈴木屋」、東中延「忠弥」、東十条「新潟屋」、築地「きつね」、浜松町「秋田屋」、上野「大統領」、西池袋「千登利」。

それぞれのお店のモツ煮の特徴と価格、その他のメニューなどが書かれています。まさに、きっちりと「狂われ」ている方であると尊敬をいたします。

居酒屋探検隊の隊員諸君!!仕事してる場合じゃないじゃないの。戦闘場所は、きっちりと提示されたのであります。諸君!遊撃部隊は、すぐに偵察行動を開始してください。本隊は、隊列を整え(身体と金だけど)て、攻撃の合図が出され次第進軍を開始出来る準備を用意します。「備えよ常に」。闘わずに死んでしまったら悔いがのこるよ。

■モツ煮狂い 第一集
2006年8月13日初版発行
2006年9月4日初版第2刷発行
著者 クドウヒロミ(e-mail:hiromi_kudo@yahoo.co.jp)
頒布価格 350円
発行所 平成烏有堂 〒168-0064 杉並区永福3-9-10有限会社八葉 内

JANコードもISBNコードも書いてないから多分、普通の本屋にはおいてないんじゃないかと思います。奥付にメールアドレスが書いてあったのでここに連絡すれば入手方法が分かるのかな? 第二集も早く出して欲しい。

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2007年3月11日 (日)

SKANE

ヘニング・マンケルのスウェーデン警察小説で思い出しましたが、彼が活躍するのはスウェーデンのスコーネ地方。

スウェーデンの酒といえばアクアビット(命の水)というスピリッツが有名。ジャガイモを原料としてクミンやアニスなどの香辛料で香りをつけたもので、スウェーデンだけでも「OPアンダーソン」「ストックホルム」「ベルコーズ」「スワルトヴィンバース」「オルボー」「リニア」などなど沢山の種類があります。

01390 その中でもスコーネ地方のアクアビットは「スコーネ」のブランド。日本で手に入るのは「スコーネアクアビット」700ml40度など。

このスコーネを飲ませる、店が渋谷にあります。名前も「SKANE・スコーネ」。メニューは、キンキンに凍らせた「スコーネ」とスウェーデンのチーズのみ。冷やしたスコーネをショットグラスでかくっと喉に流し込みながら、スウェーデン姉ちゃんが、削ってくれるチーズを食う。これの繰り返し。姉ちゃんたちは、スウェーデンとか北欧関係やイングランド関係だけで、なかなか言葉が通じなくて、しかたがなくて、かくっかくっと高濃度のアルコールを流し込むしかないので、すぐに酔っ払い親父になってしまい、あとは、野となれ山となれという具合で、だいたいこの店にいくと意識不明になり、よく五日市まで帰ってきたなぁと朝、自己感心するのであります。合掌。

最近、行っていないけど多分まだあると思いますので、姉ちゃんとスコーネとスゥェーデンチーズに興味のある方はどうぞ。

案内人が欲しいというのであれば、声をかけてください。いつも読み終わった、ヘニング・マンケルの本をママ様に差し上げていますのでちょうどいい頃かなと思います。

■スコーネ
東京都渋谷区渋谷1-15-16 第2ソシアビル3階
電話 03-3407-9131 営業時間 お姉さまが来る頃~ 7時過ぎ


ブログに貼る地図『お散歩マニア』

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2007年3月 8日 (木)

佐野・耳うどん

0702236お仕事で佐野に行ったときに発見。佐野はラーメンといもフライとゼリーとかと思っていましたら。耳うどんというものがあると聞きました。

たどり着いたのが、佐野の駅の南口からほど近い「野村屋本店」。手打ち蕎麦とうどんのお店。店頭に手打ちを行うスペースがあるから、きちんと手打ち蕎麦とかをつくっているんでしょう。

でも耳うどん。

070223 注文しました。金色の蓋がついたお碗が登場。蓋をあけると温かい湯気が立ち上る。

0702233 芳しいツユの香りが立ち上る。出汁巻きとなるとが目立つ。

なんか白いものが浮いている。これが「耳うどん」かとすくい上げる。耳ですね。耳。数えてみると15個くらいの耳が、ツユの中に潜んでいる。

0702234 うーんツユが旨い。出汁の聞いたツユに椎茸の香りがたつ。味付けも丁度いい。濃いような薄いような飲み干せる濃さ。耳は、つるんとしていて、これも歯ごたえとしっとり感が微妙なバランス。ツユとのからみもいい。もったりないから、熱いうちに、つるつるっとれんげで、つゆと一緒にすする。喉越しと歯ざわりが、つゆとともに流れ込む快感がなんともいえない。あっという間に完食。

0702235 これは全国的に流行りそうな予感。佐野ラーメンは、なんかしょっぱい系が本家的で、ちょっと田舎っぽい味付けですが、これは都会的な洗練された食い物であります。

ホームページのクーポン券をプリントしてもって行ったら、トッピングは一つ無料、そして料金も810円のところ740円でありました。

旨い旨いの合掌。

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2007年3月 5日 (月)

黄水仙

五日市の日当たりのよいところを歩いていると、黄水仙の花々が、少し頭をさげてうつむき加減に、それなのに華やかに咲き誇っています。

横沢入りの入口付近で見つけた黄水仙もさわやかな、温かい春風にゆられながらうとうとしていました。律儀に、毎年黄色の花を咲かせて、みんなをあたたかく元気にさせてくれる黄水仙。合掌。

Imgp6840 ほほ笑みが空にひろがる黄水仙
(青椒・万次郎)

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2007年3月 4日 (日)

なつかしなつかし

「ショージ君・・・」「アグネス・ラム・・・」以来、なつかし方面に興味がわき、ワタクシ時代をいろいろ調べました。

参考になったのが「National」のホームページに「二人暮らしの応援団」といのがあります。そのなかに「団塊グラフティ」というのがあり、1940年から1955年までのボタンがあり、それをクリックすると生まれた年から2006年までの「世相・風俗」、「社会事象」がのっています。

キーワードでワタクシ時代をふりかえると、「街頭テレビ」(これは、記憶にあります。青梅の西分交番の裏に小さな公園がありますが、そこに街頭テレビがあり、みんなが高みにあるテレビを見上げているのを覚えています。)「プロレス(力道山)」、「マリリンモンロー来日」、「エデンの東」、「名犬ラッシー」、「コカコーラ発売」、「チキンラーメン発売」、「皇太子結婚」、「東京タワー完成」、「60年安保」、「シャボン玉ホリデー」、「アンネナプキン発売」、「カガガーリン宇宙飛行」、「ベトナムにアメリカが本格介入」、「御三家(舟木一夫・橋幸夫・西郷輝彦)」、「ケネディ暗殺」、「ボーリング大流行」、「平凡パンチ創刊」、「東京オリンピック」、「東海道新幹線」、「アイビールック」、「ベンチャーズ来日」、「ビートルズ来日」、「パンスト登場」、「若大将シリーズ」、「ツイギー来日」、「あしたのジョー」、「水俣病公害認定」、「東大安田講堂の戦い」、「日本万国博覧会」、「マクドナルド1号店」、「浅間山荘事件」、「ぴあ創刊」、「札幌オリンピック」、「日本沈没」、「セブンイレブン1号店」、「家庭用カラオケ」、「東急ハンズ」、「クロネコヤマト」、「キャンデーズ引退」、「クロワッサン創刊」、「インベーダーゲーム」、「新東京国際空港」、「ジョンレノン暗殺」、「山口百恵引退」・・・・。

と言う風に、毎年毎年いまから見れば、いろいろ面白いことが起こっていたわけです。こんな時代とともに育って死んでいく世代はないよな。合掌。

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2007年3月 3日 (土)

アグネス・ラム

アグネス・ラムのいた時代 Book アグネス・ラムのいた時代

著者:長友 健二,長田 美穂
販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

アグネス・ラムですよ。ワタクシの青春ですね。

これが本になっちゃいました。「アグネス・ラムのいた時代」。題名もいいじゃないですか。「ショージ君のオールウェイズ」が幼年期の思い出なら、アグネスは、青春真っ盛りの思い出。それにしても、ワレラの時代は、貧乏的だったけど、いいかげんで、テキトーな時代で、そんなかで、ふらふらふらと生きてきました。先輩たちは、団塊の世代で、左翼も右翼も普通の人たちも、目をぎらぎらさせた、オレだ!オレ!ワタシヨ!ワタシ的な競争主義でしたが、ワレラの時代は「三無主義」(三省堂新書)とかで本になっていた。)とかいうとか、世界共通空白世代とか言われて、とてもシアワセに生きてきました。ワタシの時代は、1年しかありませんが、この年代の人は、空気で分かります。ワタシ時代からひとつ下だと、またへんに真面目主義的になって話が合わないのであります。

この本には、アグネスをメインにしながらも、アグネンチャン、吉田拓郎、キャンデーズ、泉谷しげるなどが貴重な写真とともに登場します。1枚の写真から時代の臭いが伝わってきます。

よしだたくろう・オン・ステージ!!ともだち(紙ジャケット仕様) Music よしだたくろう・オン・ステージ!!ともだち(紙ジャケット仕様)

アーティスト:吉田拓郎
販売元:バップ
発売日:2005/12/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

吉田拓郎のこのアルバムが原点。ここに入っている「イメージの詩」がやっぱり一番でしょう。「よしだたくろうオン・ステージ第二集」というアルバムに入っていた「準ちゃんの与えた今日の吉田拓郎への多大なる影響」という唄も最高ですが、これはCDになっていなくて聴きたくても聴けない。聴きたい。誰か持っていたら、録音してください。

実は、ワタクシはアグネス・ラムと接近遭遇をしているのです。中国からの帰国時に羽田(成田の前は羽田が国際空港でした。)に下りたのですが、ちゅうどその時に、初来日したアグネスと一緒に。「アグネス」と声をかけたら、にっこりと振り返ってくれました。

えっ、こういう本がでるということは、いよいよワタシたちは、じじぃということだな。変わったじじぃたちに乾杯!&合掌。

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2007年3月 2日 (金)

羽村山口軽便鉄道廃線痕ウォーク

「五鉄」廃線跡ウォーク第二弾!!羽村山口軽便鉄道線路跡ウォーク。この軽便鉄道は、多摩川の羽村の堰から山口貯水池(狭山湖)を結んだ線路。貯水池を作る為砂利を羽村から運んじゃおう。それなら鉄道引いちゃおうという具合で昭和3年に着工し昭和4年に開通した線路。全長12.6km。工事終了後に廃線になり、いまはサイクリングロード等として整備されています。

一部が横田で分断されていますが、瑞穂から村山までは、昔の面影を残しながら、サイクリングロードになっていて、二日酔いヨイヨイ身体の軽く汗でも流そうか的ウォーキングには最適なコース。当然、道中に「温泉」もありますから、うまくコース設定すれば、ウォーク&スパが楽しめます。

JRでもウォーキングイベントを企画していますので、集団行動が好きな方はそちらに参加すればよろしい。JRの手先じゃないけど、一様宣伝しておきます。JRの方は感謝しなさい。

■「羽村山口軽便鉄道」廃線跡と武蔵村山里山散策
 ●実施日:3月24日土曜日
 ●受付場所:八高線・箱根ヶ崎駅西口
 ●受付時間:9:00~11:00
 ●参加料:無料
 ●募集人員:2000名
 ●申し込み締め切り:3月20日
 ●申し込み:駅からハイキング 電話03-5447-0973

てなことで、スタート。

Imgp6919 武蔵五日市駅から拝島-箱根ヶ崎へ。武蔵五日市駅のエレベーターは、「シンドラー」。日本人は忘れっぽいからすぐ忘れるけどワタクシはしつこく覚えているからね。JRも馬鹿だね、「この駅のモノは、全然大丈夫だから安心して乗りナ」のアナウンスがないの。

アナウンスべた。五日市線は盲腸線だから、中央線で事故なんかあったりすると、青梅線が遅れ、最後のしわ寄せで五日市線が「責任」をとるのであります。朝なんか大変、東京行き直通はそうした影響をモロ受けするのですが、とにかく情報提供のアナウンスがばらばらで、混乱するのであります。乗客は、どうしよう、どうしよう、どうしようなのですが、駅のアナウンスと車掌のアナウンスが違ったりで、またどうしようどうしようになるのです。挙句の果てに、拝島止まりにしたから、下りなと一方的にいわれ、ホームには人があふれ零れ落ちそうになっているのに、的確なアナウンスがなく、乗客と一緒になってどうしようどうしようの態度でパニクッて、もう皆様、勝手に西武線とか立川までタクシーで行くか、歩くか、ドトールでコーヒー飲むか、駅でぼぉっと立っているか、自分で判断しなさい的になるのであります。

ワタクシなど数十年通勤しているプロになると、五日市駅で「異変」を感知し、福生行きのバスに乗ったり、八王子行きバスに乗ったりと機転を聞かすようになったりするのであります。「学習」するわけですが、くだらない学習でありました。

Imgp6921 ということで、箱根ヶ崎に到着。箱根ヶ崎にはしばらくぶりで下りましたが、こんな綺麗で立派な駅になったとは驚きでありました。でも駅前の風景は、昔から変化なし。【10:00】

Imgp6922 看板も米軍基地が近くにあるんだという緊張感を与えてくれる。

とことこと16号線を横断して、新青梅街道方面に。

新青梅街道を東京方面に歩くと、ローソンがあるので、そこで新青梅街道を横断して、瑞穂町グランド方面に歩き、横田基地のフェンスまで突き当たる。

フェンス沿いの道を一路東に。フェンスを挟んで右がアメリカ、左が日本の畑の風景を石川島の工場突き当りまで歩く。突き当たったら、工場に沿って道なりに進む。

Imgp6925 少し進むと、駐車場があり、その先が、廃線路の入口。

【10:41・4434歩・3.68km・204kcal】

ここからは、ワタクシでも迷わない一本道がずっと続く。桜並木がそのまま残っている。もう少したつと桜の下の気持ちの良いウォーキングコースになるのでは。

Imgp6929_1おっ多様化梅。白と紅が一本の木の中で一緒に咲いている。

白梅も紅梅も梅 (青椒・万次郎)

Imgp6931 「横田トンネル」に。横田基地のヨコタの由来になった地名。なぜ、こんなに離れたところの地名が、基地の名前になったのかは定かではないそうです。

廃線路は、この先に続くのでありますが、本日は、昨日の酒の香が身体から漂ってきましたので、ここを左折して「かたくりの湯」に突入。【11:25・8564歩・7.05km・388kcal】

Imgp6933 休日なので800円を払って入場。あんまり広くない中に結構なお客様。カラス行水で早々に退出。はっきりしないゆうな泉質。なるほどというものが感じられない温泉でありました。

Imgp6932おおそうだ、温泉の手前の電柱に「迷いインコ」の張り紙がありました。家族のように暮らしていたハトポッポを歌うほっぺの赤いミルコちゃんがいなくなってしまったと言うのです。 近くの人、インコ方面の人は、ぜひ探して連絡をしてあげてくださいね。

温泉からは各方面にバスが出ているので便利。腹が減った人は、うどんを名物にしようと村おこし活動を展開中ということなのでお好きなところでどうぞ。「村山うどんの会」。ワタクシは、「ムサシ精麦」というお店で、ここで作っている地粉の黒いうどんを買ったことがあります。また、一休というお店にも前に行きました。それぞれなかなかのものです。

軽便鉄道で思い出しましたが、「草軽軽便鉄道」というのがありました。草津と軽井沢を結んだ鉄道です。雑誌かテレビで見た思いがあります。調査をして、ぜひ夏の暑い時期に踏破したいウォーキングコースでありますね。

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2007年3月 1日 (木)

飯田龍太

俳人 飯田龍太さんが亡くなられたと昨日の新聞で知りました。

放哉や山頭火の俳句や生き方が好きでしたが、自分でも俳句を作ってみたい、俳句っていいなぁと本当に思ったのが、飯田龍太さんの句に出会ったからでした。

ワタシが衝撃を受けた句が

いきいきと三月生る雲の奥 (龍太)

という句でした。

この句に出会ってから、全集を手に入れたりしていました。

新聞の死亡記事を読んでも、世俗にまみれない孤高を貫いた凛とした人だったようです。甲府市内を見下ろす、旧境川村の旧家で木々に囲まれ暮らしており、「自然とは親しみて馴れなず」というのが、口癖で、「山を見ているつもりで、山に見られている。自分がもう自然の一部になってしまったと感じます」とも記事には書かれていました。

ワタクシも五日市の自然の中で、また全集を座右の書として勉強したいと思いました。山頭火ではないが、一度、ウォーキングで墓参に行きたいと思います。

合掌。

白梅のあと紅梅の深空あり (龍太)

飯田龍太全集 第一巻 俳句 1 Book 飯田龍太全集 第一巻 俳句 1

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俳句入門三十三講 Book 俳句入門三十三講

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