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2007年8月

2007年8月30日 (木)

池袋 みつぼ 突入

凄いね。東京ホ~ルモン「みつぼ」in池袋。

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居酒屋探検隊Z方面部隊・部隊長しまちゃん(ちゃん付けがヨワッチィ感じがするけど・・・)の陣頭指揮の元、精鋭部隊3名は、暮れなずむ池袋方面に進軍。

遊撃部隊なので、先鋒部隊と主力部隊に分けて進軍。場所は、なーーんと池袋の救いの文化都市「ジュンク堂」の横。お店のキャッチコピーは、「東京ホ~ルモン」ですからなんとなく、「~」のリズムが感じられます。意味は、分かりませんが。暑くて追求もしたくない。
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群がる人、人で進軍は、困難を極めたが、部隊長を先頭とする先鋒部隊の活躍で、すでに、陣地の構築はしてある。ワタクシの座る場所も、「丸椅子もってきてくれちゃって、姉さん、すみません」方式で確保済。
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陣地を確保するのは困難で、外地でたたずむ戦闘員がいたり、店の入口のビールケースに無理やり陣地確保をする戦闘員がいたりで、なかなか大変な戦場でありました。ヴェトナムで戦われたような、ゲリラ戦が戦われているのであります。
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いざ戦闘を開始するのでありました。先鋒隊は、「セロリ」とか「キャベツ」でヘルシー路線的にカモフラージュをしながら、M16機関銃ならぬ「ポッピー」攻撃で、意気高らか。ワタクシは、昨夜の中央線・荻窪方面戦線の戦いで心身とも「もうだめ的なよろよろ系」でありましたが、新しい戦場とのことで、ちょろちょろと生ぬるい武器で参戦。えっの「チューハイ」攻撃です。ごめんなさい水鉄砲みたいかな。

焼き豚が登場。肉が新鮮で、焼き方がちょーどええから、旨いやーーーー。ということで、すでに一敗。フワ、カシラ、チレ・・・。みんな90円。
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続いて、ここの主力部隊という「ホルモンのさしみ盛り合わせ・刺し盛750円」を注文。ホッピーの中とチューハイも追加。見て下さい。この新鮮な色合い。むしゃむしゃ食っちゃって二敗目。
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窓の外にはジュンク堂で本を見る人たち。この落差がいい。姉さん店員の捌きと感じが良くて三敗目。
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しかし、こうした有名混雑店親父系加齢臭のお店のオネェサンやお兄さんたちは、なんで優しいんだろう。(例外は、たくさんありますが、方向的には優しい。) 

MナルドやKタッキー、居酒屋Wなどなどなどのチェーン店のバカ声画一的人をモノだと思っている対応の、アホ店員とマニュアル的バカ店長のお店に比べるとパチパチ拍手の感謝状だよなぁ。

瓶ビール460円。
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あとは、ポッピー中、チューハイの追加で、池袋の夜は更けて行くのでありました。

近くの「かぶらや1号店」は、本日も、「ぱらよっちゃっているのね」の人々で路上まであふれてこぼれるお父さん、お兄さん、お姉さんたちで一杯でありました。部隊長のそんじゃあちょっと行こうかねと「かぶらや2号店」に向かったら、階段までの行列で、さよならさよならとなりました。
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部隊長・しまさま(ちゃんから「さま」へ格上げ)へ感謝の合掌。次はどこかね。

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2007年8月29日 (水)

五日市 Kan-KURA

武蔵五日市駅、秋川橋を渡ったところにある「kan-KURA」に。
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蔵を改造した二階に。太い梁が通りどっしりした雰囲気が気持ちいい。
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窓の外には、秋川の流れが。
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本日のランチを注文。4人で出かけたので、いろんなものを食べようと、パスタのランチセット、ピッツアのランチセットをそれぞれべつべつに注文。(頭力が少しはある)
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ランチセットは、デザートがつくのとつかないのがある。このお店のランチは、結構、ボリュウムがあるのでデザートなしを注文。本日は、4種類のパスタと3種類のピッツアから選択。7人で来て、それぞれが異なったものを注文すると、全部がちょっとずつ食べられるということになる。

パスタのランチセットが、前菜+好みのパスタ+好みのドリンクで1300円。ピッツアのランチセットが、前菜+好みのピッツア+好みのドリンクで1200円。単品だと950円とかだからセットがお徳。

前菜。前菜は、パスセットもピッツアセットもおんなじ。本日は、車なのでワインが飲めなくて寂しい哀しい、前菜君も、お水で食べられて哀しい。(ナイフもフォークもあるが、お箸もちゃんとあるのがウレシイ。)
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まず、2種類のピッツアが登場。「サラミとオリーブのピッツア」。グリーン&ブラックオリーブのスライスが勝利。チーズもたっぷりで勝利。(なにが「勝利」かは意味が無いが「旨い」という感じ。)
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「フレッシュトマトとバジルのピッツア」。生のバジルの葉が勝利。フレッシュトマトの酸味がとろりとチーズとあわさって勝利。
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4人で、2枚のピッツアを食べる。「一杯のかけそば」的だなという声も。生地が薄く、淵のところがふんわりと盛り上がっていて、美味。ボリュームもある。これだけで腹がいっぱいになりそう。

つづいてパスタが登場。「小エビと小柱バジリコクリームのパスタ」。バジリコソースがたっぷりしている。残りのソースを、ピッツアの淵のところにつけて全部綺麗に平らげました。
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「ナスとフレッシュトマトとモッツレラチーズのパスタ」。チーズが勝利。ナスやトマトのスライスの厚さが勝利。
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最後に、「お好みのドリンク」が登場。ワタクシは、冷たいジャスミン茶。すっきりさっぱり、といい感じ。本日は、昼食としては少しカロリーオーバー気味。でも満足というか勝利。
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ワタクシは、昔から五日市は、「東京の軽井沢だぁ」とか、言っていましたが、最近、何気なくて、美味なお店が増えてきて、軽井沢らしくなりつつあり、やばい、嬉しい。合掌。

むかしは、東京の山猿とか、田舎モノとか、「チベットかぁ」とか馬鹿にされていたのですが、いまは、なかなかの評価を感じます。東京から2時半半の距離がちょうどいいのでありましょうか。軽井沢より遠い!?

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2007年8月28日 (火)

草津温泉 山頭火

先日、草津温泉に行った折、山頭火のことが気になって、再度草津温泉に。ワタクシの定宿「極楽館」に泊る。ここは、小さな旅館で、美味なる食事、ここだけの源泉「大日の湯」があり、泉質も良い旅館です。あんまし教えたくない。

ということで、草津温泉と山頭火好きな方への、山頭火探検隊のリポートです。パチパチ。だらだら長く、あっちこっちに飛ぶリポートですから覚悟を決めて読んでください。

Photo 

うしろすがたのしぐれていくか (山頭火)

この有名な写真は、草津温泉とはまったく関係がありません。この有名な写真は、下関・長府の吉岡家長屋という長府藩馬廻り要職の大久保五郎左右衛門の元屋敷で撮られたもの。撮影者は、30歳も年下の弟子、近木圭之介氏。撮影日は、昭和8年6月。草津に来る3年前ということになる。

ちなみに「うしろすがたのしぐれていくか」の句は、昭和6年12月31日の日記に、自嘲ということで、記されています。

昭和11年(1936年)5月21日、信州から草津に向かった山頭火は、草軽軽便鉄道・吾妻駅から電車に乗り込み、夕方に草津温泉駅に到着。草津温泉には、25日までの4日間滞在しました。

山頭火が草津まで行った「草軽電気鉄道」というのは、現在は廃線になっていますが、軽井沢から草津まで走っていた鉄道路線。昭和37年に廃止されるまで、高原を走る列車として親しまれていました。

当時のルートは、「新軽井沢-旧軽井沢-三笠-鶴留-小瀬温泉-長日向-国境平-二度上-栗平-北軽井沢-吾妻-小代-妻恋-上州三原-湯窪-万座温泉口-草津前口-谷所-草津温泉」。
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(当時の軽井沢駅)

草軽電気鉄道、全長55.5kmを3時間30分で、えっちらおっちら疾走した機関車は、現在の軽井沢駅前に展示してあります。愛称は「かぶと虫」。
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大正13年に信越電力から購入した、アメリカ、ジェフリー社のL型電気機関車デキ12型」。なんとなく、味があります。この模型は、草津温泉に入る手前の道の駅の売店にも展示してあります。お土産品に囲まれちゃってちょっと迷惑げ・・・。
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草軽電気鉄道が、現在の草軽交通株式会社で、ここのホームページには「公式資料室」というページがあり、ここには当時の「時刻表」「切符」「運賃表」「路線図」など貴重な資料が掲載されています。山頭火が乗車した雰囲気がなんとなく伝わってくるような。

山頭火が降り立った、昔の「草津温泉駅」は、「草津温泉ホテル東急」の前の「浅間台公園」にありました。
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それを記念する碑が残っています。山頭火は、ここに降りたったわけです。
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碑の足元に、レールが!!碑の正面の下に、突き出すように二本のレールがありました。「ナロー」という軌道の幅はとても狭いし、とても細いレール。
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■草津温泉駅跡の碑文

草津温泉駅は、長野県軽井沢町と群馬県草津町を結ぶ草軽電気鉄道55キロ241メートルの群馬県側始発駅として大正15918日に開業し発展途上にある草津温泉の表玄関として多数の浴客や地域住民の乗降を主体とし硫黄薪炭等地元生産物の発送と各種建築貨材食料など生活必需品の到着した懐かしい駅でもあったが交通事情の変革により昭和37131日同電鉄の廃線のため37年間の営業を閉じた昭和5811月吉日 草軽交通社友会 草津町有志 建立

著名な、旅行作家・宮脇俊三は「失われた鉄道を求めて」(文春文庫)という本で、草軽鉄道を旅したことを書いています。

この間の山頭火の行動は、山頭火の日記「其中日記」の昭和11年に詳しい。ワタクシの持っているのは、春陽堂書店発行の山頭火文庫10「山頭火 日記(六)」。以後は、ここからの引用です。

Book 山頭火 日記〈6〉 (山頭火文庫)

著者:種田 山頭火
販売元:春陽堂書店
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この昭和11年という年は、激動の年で、日本では2.26事件が起きたり、遠いスペインでは2月に人民戦線内閣が誕生。7月にはフランコがクーデタを起こしそれに対して市民が背広姿で銃を持って闘った市民戦争が始まった年。マドリッドで、ドゥールティが亡くなったのもこの年の11月。
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(中央が、ブエナベントゥラ・ドゥルティ)

寄道しますが、ドゥルティは、スペイン市民戦争の伝説的英雄で、内戦勃発後4ヶ月たらずで、命を落とした。その死の真相は未だ明らかになっていない。彼の死をテーマにして小説にしたのが、逢坂剛。彼の「マドリード通信」という短編集のなかに「ドゥルティを殺した男」という短編が収められている。

幻のマドリード通信 Book 幻のマドリード通信

著者:逢坂 剛
販売元:文春ネスコ
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最近出た、文春文庫の「マイベストミステリー2」の中にも収められています。

マイ・ベスト・ミステリー 2 (2) (文春文庫 編 17-2) Book マイ・ベスト・ミステリー 2 (2) (文春文庫 編 17-2)

著者:逢坂 剛
販売元:文藝春秋
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阿部定が、チンポちょんぎり事件を起こしたのもこの年の5月18日。7月には、上野動物園のクロヒョウが逃げ出し大騒ぎになるなど日本も世界も騒然とした年でありました。

そんななか、山頭火は、昭和10年の暮れから『旅に出た・・・死に場所をさがしつつ』と死に場所を探す放浪の旅をすごした年でありました。

4月には東京。『ほっと月がある東京に来ている』(山頭火/4月4日)。4月7日は浅草に『浅草風景。定食八銭は安い、デンキブランはうまい、喜劇は面白い。あてもなくぶらぶらあるく。』

4月中は、東京や伊東などを往復して過ごし、5月にはいると新宿から八王子に。そして甲州をすぎて信州に。岩村田に滞在し周辺を歩く。

5月11日には軽井沢に入り、周辺を探訪しながらすごしました。『軽井沢駅前の噴水の味は忘れられない』と記しています。宿泊は、軽井沢駅前の旅館に。有名な『あるけばかっこういそげばかっこう』の句は、5月17日の日記に書かれています。

先日、ワタクシが軽井沢の「土屋写真店」で300円で購入した写真。山頭火が訪ねた昭和11年5月から3ヶ月たった8月の中仙道、旧軽井沢銀座通りの風景が写っています。現在の「どんぐり共和国」の前から撮影しています。郵便局(現観光会館)の右のアーケードのところが、今の「テニスコート」入り口。こんな風景の中を歩いていました。
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5月21日に岩村田を出発し、御代田駅まで歩く、そして沓掛まで汽車に乗り、それから歩けるだけ歩き長倉山の頂上をすぎ、「峯の茶屋」で昼飯。

浅間村牧場、北軽井沢駅を通り、「吾妻駅」から電車で草津に。運賃は、五里74銭は高いようだが、登りなのでなるほどと納得したりする。6時頃に草津に到着。「富山館」に宿をとる。一泊70銭、湯銭12銭。

山頭火が乗った「草軽電気鉄道」。この写真も、軽井沢の「土屋写真店」で300円で購入。「かぶと虫」は、四輪駆動で走り、時速は20km。一両の客車に、貨物車を連結。貨物は、草津からの硫黄を軽井沢まで運んでいた。この写真の駅は、軽井沢三笠駅。
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草津の宿の印象はというと、同宿の人は、病遍路、おとなしい老人。山頭火の草津の第一印象は悪い。『草津というところは何となくうるさい、街も湯もきたならしい、よいとこでもなさそうだ、お湯の中にどんな花が咲くか解ったものじゃない!』と手厳しい。

そして、草津最初の夜は、『熱い湯に入って二三杯ひっかけて、ライスカレーを食べて(これが宿の夕食だ、変な宿だ)ぐっすり寝た。夢は何?』という具合にすごしました。

翌、22日は、白根神社に参拝。『古風で、派手でないのがうれしい。』『何だかうるさいと思ったが、一日二日滞在しているうちに何となく好きになるから妙、しかし、何となくきたない。』という感想。

白根神社には、芭蕉の句碑も本殿の左側にある。草津温泉を発見したといわれる、日本武尊(やまとたけるのみこと)を祭る神社。みやげ店の立ち並ぶ湯滝通りから急勾配の石段を上った、温泉街を一望する丘の上にある。
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芭蕉の句碑。「夏の夜や谺に明くる下駄の音」(芭蕉)
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この句は芭蕉が元禄4年(1691年)京都嵯峨にいた門人去来の落柿舎で作られたもの。句碑は天保13年(1842年)、芭蕉の150回忌に建てられた。芭蕉は「山中・有馬・草津は扶桑の三名湯」と紹介しているそうだが、芭蕉が草津を訪れたというわけではない。山頭火は白根神社を参拝したが、日記には、芭蕉の句碑のことは、なぜか記載されていない。

芭蕉の句碑は、このほかに、湯畑から階段を登った「光泉寺」にもあります。
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「山なかや菊は手折らぬ湯の匂ひ」(芭蕉)
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句碑の文字は全く読めない。脇に草津町教育委員会の解説文が横に立っています。それには、『芭蕉句碑 草津町指定文化財 山なかや菊は手折らぬ湯の匂い 芭蕉が『奥の細道』の旅の途次、加賀の山中温泉で詠んだ名句で、山中温泉と並ぶ名湯草津温泉の効能をたたえたものと思われます。』との文章が。

湯があふれて川になっているのに喜び、山の水のつめたい美味しさ、湯の花、草津味噌を褒める。

午後には、宿のおかみさんに案内されて共同湯の「凪の湯」に入る。ここは気に入ったらしく『しづかなきれいななぎの湯というのへゆくねなるほど不便なだけしづかで、紙ぎれや綿きれがちらばっていない、しかし、ここもやっぱり特有の男女混浴だ、男一人(私に)女五人(二人はダルマ、二人は田舎娘、一人は宿のおかみさんだ)、ぶくぶく下から湧く、透き通って底の石が見える。帰途、一杯、また一杯、酔っ払っておしゃべり、それもよかろうではありませんか!ぼろぼろ どろどろ』と、気持ちよく酔っ払った山頭火の表情が思い浮かぶ。

「凪の湯」は、極楽館の近くにある。
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温泉饅頭を朝から晩まで、ただでサービスする饅頭試食攻撃饅頭屋「長寿の店」の奥にあるひっそりとした共同湯。今は、男女別です。
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お風呂は、熱い湯がふんだんに流れ、あふれている。
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とても熱い。我慢して入る。饅頭屋の親父の話では、山頭火が入ったころの風呂は、深い風呂で、砂利が底に敷いてあってそこから西の河原からの源泉が湧き出していたそうだが、その後、砂利で埋めて現在のような深さの風呂にしたそうです。
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『ちんぽこも おそそも湧いて あふれる湯』(山頭火)

この句は、山頭火が自選した俳句が収められている句集「草木塔」に収められています。山口の湯田温泉で詠んだ句ですが、草津での「凪の湯」の風景を彷彿とさせます。

山頭火句集〈1〉 (山頭火文庫) Book 山頭火句集〈1〉 (山頭火文庫)

著者:種田 山頭火
販売元:春陽堂書店
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5月23日は、雨。昨夜の泥酔を反省する。『滞在、昨夜の今朝で身心がおだやかでない。一切万落々漠々。私は何故時々泥酔するのか、泥酔しないではいられないのか。(中略)生死を生死すれば生死なし。煩悩を煩悩せずば煩悩なし。』

ワタクシも、夜、山頭火先生を偲び、先日訪れた「噴火ラーメン」に深夜、一人突入。
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ここのマスターとは顔見知りになってしまいました。なんとワタクシと同年代。メニューは、ラーメンから焼肉までと幅広い。しかし、今日もお客はいない。
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今回も、焼酎をホルモンをつまみに痛飲。
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ラーメンも食べる。昔風のさっぱりとしたラーメンで、お酒を飲んだ後のラーメンとしては美味の部類。こうして、山頭火的泥酔を敢行をしたのでありました。合掌。
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これも、山頭火の草津を体験するためでありました。天才の先人の後を追うだけでもツライ。さらに、合掌。

24日も雨。『よく降る、よく寝る、よく食べる、よく飲める、よく考える。・・・』と、草津雑詠として二句を記す。

『もめやうたへや湯けむり湯けむり』

『ふいてあふれて湯けむりの青さ澄む』

このうちの一句『もめやうたへや湯けむり湯けむり』は、道の駅に句碑がある。
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翌25日は快晴。白根山を越えて万座温泉に。行程4里(登り3里、下り1里)の距離を朝7時半から3時までかかって万座に。万座温泉では「日進館」という宿に宿泊。一泊2食で1円。

【おまけ】

草津で山頭火が泊まった「富山館」という旅館は、すでに廃業しているそうですが、その場所はどのへんにあったのか興味が沸き、調べに「草津温泉旅館協同組合」に出かけました。
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事務局の人がとても親切で、昔の資料を調べてくれて、山頭火が来た年の昭和11年11月30日発行の「天下の草津温泉」(大東京社)という小冊子を発見。

その冊子の最後に「草津温泉旅館一覧表」(昭和11年9月現在)というのが載っていました。コピーもいただきました。感謝感謝。
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それを見ると、ありましたありました。パチパチ!「新田区」(しんでんく)にある20軒の旅館のうちの一軒として「富山館」も記載されていました。 

住所が記載されていないので、詳細な場所は特定できませんでした。この当時の旅館は、風呂がある旅館のほうが少なく、「富山館」もそのような旅館のひとつでした。山頭火も「外湯」にでかけたのもそうしたわけでした。新田地区でも、20の旅館の中で「内湯」を持っていたのはたった一軒「吉野屋」という旅館だけでした。

ちなみにワタクシの定宿の「極楽館」も「泉水区」に「内湯」のある旅館として載っていました。パチパチ。

【おまけのおまけ】

その後、そうだ!「草津温泉観光協会」というのがあったなと気付き、メールで問い合わせをしたところ、な!なんと!また、親切に「富山館」があった場所を教えていただきました。

『場所は新田ではなく、上新田(現在の本町区)に富山館があったそうです。場所は、群馬銀行草津支店と大信というお食事処が入っている建物の間の細い道を入ったその周辺であったそうです。』とのこと。地図も添付してありました。

■「草津 観光・町歩きマップ

『この地図のブルーの文字「ターミナル通り」の「タ」の文字の前から地図下の「中央通り」の「央」の文字に伸びている道の右側周辺にあったそうです。』とのことです。

本当に感謝感謝であります。「草津温泉観光協会」のK様、素早く鋭いご対応本当にありがとうございました。「旅館協同組合」の方もそうですが、「温泉観光協会」の方も、親切な対応で、また、草津が好きになってしまいました。

さらに、「草津町図書館」には、草津の歴史に関する本が揃っているとのことも教えていただきました。

今度、草津に出かけた折には、「富山館」のあった場所を尋ねたいと思います。草津温泉には、100名の有名人が訪れていたとのことですので、山頭火意外にも、探検をしたいと思います。温泉もよいけれどそれにまつわる文化や歴史がいっぱいの草津は、何度訪れても奥の深い町です。感謝、感謝の合掌。

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2007年8月26日 (日)

五日市が生んだスター 三遊亭歌笑

五日市が生んだ大スター。落語家・三遊亭歌笑は、大正6年9月22日東京都西多摩郡五日市町生まれ。いまの黒茶屋のあったところ。本名は、高水治男

昭和12年9月に三代目三遊亭金馬の門下となって金平を名乗る。昭和17年頃三代目の三遊亭歌笑で二つ目に昇進し、このころ柳家小きん(五代目の柳家小さん)や四代目の柳亭痴楽と並んで落語会の若手三羽がらすと呼ばれた。昭和22年10月真打ち披露興業を行った。

昭和25年5月30日に、銀座6丁目の横断歩道のない場所を横断中、疾走してきた米軍のジープに轢かれ34歳の短すぎる生涯を閉じた。「爆笑王」「笑いの水爆」と呼ばれ、少年期の立川談志にも強烈な影響を与えたといわれている。
渥美清が映画「おかしな奴」、テレビ「おもろい夫婦」で歌笑役を演じている。
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「黒茶屋」の敷地内に歌笑の碑が秋川に面して立てられている。
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その碑には、渥美清の直筆による歌笑の代表作「豚の夫婦」が刻まれている。
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説明文。
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あきる野市立中央図書館では、19日まで、「あきる野市ゆかりの人々」の企画展をやっていますが、展示されている図書や映像資料が少ない。歌笑の落語や渥美清が歌笑役になった「おかしな奴」「おもろい夫婦」のDVDや「純情詩集」などがあればいいと思うのですが。地域が生んだスターの資料をきっちりと収集することも図書館の役目だと思いました。中央図書館の「デジタルアーカイブ」は、五日市憲法草案や深沢家文書などが手軽に見られて素晴らしい仕事だと思いますが、歌笑は、「ゆかりの人々写真館」に数点の写真が載るだけです。

落語名人寄席 Music 落語名人寄席

アーティスト:三遊亭歌笑(三代目) 桂春団治(初代),桂春団治(初代),三遊亭歌笑(三代目)
販売元:コロムビアミュージックエンタテインメント
発売日:2005/08/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2007年8月25日 (土)

盆掘の湧水

こんな暑い日には、爽やかな湧水でも、みなさまにプレゼントしようと、ウォーキングを。五日市駅を7:00にスタート。檜原街道を進み、黒茶屋を過ぎ、小生神社を過ぎ、沢戸橋を渡り、すぐに左側に左折して、盆堀川に沿ってテクテクテクと進むと「大日影通り」に。この坂の途中にあるのがお馴染みの「大日影の湧水」。【7:49分・5765歩・4.55km・256kcal】


お散歩マニア | OlivemapP1020922

今日も、じょろじょろじゃぁじゃあと気持ちのよい湧水が勢いよく流れ出しています。ではではと、顔を洗わせていただき、その後、ゴクゴクと飲ませていただく。
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甘露。甘露。ほんとうにこの水は、甘みを感じる水。蛍じゃないけど、「こっちのみーずはあーまいよ」てな雰囲気。いつもなら、この水を汲む人で、2本の、じゃあじゃあ湧水がペットボトルで占領されているのですが、早朝のためかワタシ一人が独占。足もあらっちゃう。痺れる痺れる、足の裏がフェルビタスどころじゃない。

おっーと青年が、ペットボトルもって登場。湧水汲み初体験とのこと。「飲めるんですかね?」とか言うので、「こんな旨い水はない」ときっぱりと伝える。保健所じゃないから責任は持ちませんが・・・。

本日も、定番の俳句をひとつ。

「いれものがない 片手でうける」(青椒・万次郎)
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帰り道、「大日影通り」看板手前にも、無名の湧水が。
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もうひとつおまけで、戸倉地区まで戻り、ところどころにある、湧水の公共水道をパチリ。そして、ここでも顔を洗わせていただく。
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「喜正」の酒蔵の前から、城山のほうに坂を登ると「喜正」の酒づくりの仕込み水の源泉へ。山王様の湧水。コックを捻ると、ジョワジョワジャージャーと冷たい冷たいお水が、たっぷりと出てきます。
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さらにおまけじゃい。「光厳寺」の巨木「ヤマサクラ」。
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暑い日には、風にそよぐ巨木の葉の揺らぎをみているだけでも気持ちが落ち着きます。
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合掌。

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2007年8月24日 (金)

百日紅

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いつの日か 旅を棲みかに 百日紅 (青椒・万次郎)

偉大な俳人の「百日紅」の句は・・・

「百日紅ごくごく水を呑むばかり」(石田波郷)

「練兵の昔をいまに百日紅」(山頭火)

「炎天の地上花あり百日紅」(高浜虚子)

「朝雲の故なくかなし百日紅」(水原秋桜子)

「百日紅園児眠りの刻来たる」(飯田龍太)

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2007年8月22日 (水)

どこでもドア

むつみ橋通りの油平の信号を福生方面に行ったセブンイレブンの手前の空き地に随分前からある「ドア」。
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お散歩マニア | Olivemap

このドアを潜ると、異次元に行ってしまうという伝説があると聞く。鳥たちが、このドアに入ったとたん、向こう側に出てこなかったという目撃談も聞いたような気がする。(ないかな)

用を足しに入った男の人が、消えてしまったという噂もある。(ないよな)

噂の真相を探る勇気のある人は、一度、ドアを潜ってみてください。ワタクシは、それまでの勇気がありません。

すでに、アタマがあっちの世界に行っちゃっている人は、あんまり効果はないか。そうじゃなくて、こっちの世界にもどってくるのかな。まあ、いいやどっちでも。暑苦しい展開だな。合掌。

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2007年8月20日 (月)

巨樹を訊ねてウォーキング 東秋留方面

「隣市民」さんのお言葉に誘発されて、五柱神社の巨大杉を見てから、巨樹にはまりつつあります。ホームページ見つけた「東京の樹」を参考にしながら、東秋留方面の巨樹探検に行ってきました。五日市駅からの手軽な距離のウォーキングルートになります。

武蔵五日市駅発8:00発。五日市街道を東進。秋川沿いを下るのもいいですが、本日は、五日市街道に沿って進む。熱くて暑くて水の補給をしながら進もうと、コンビニを給水ポイントに進む。(このあたりの発想が凄いという声があがる。あがらないかぁ。)

まんず、増戸のセブンイレブンで、クリスタルカイザー水110円を購入。次は、むつみ橋通りのファミリーマートで、ビタミン水を購入。南秋留小入口先のローソンで水を購入。

あんまりの暑さなので、飲む水がすぐに汗になって流れ落ちる。

雨間の信号を過ぎ、「いなげや」の対面を秋川方面に下ると地蔵院に。【9:32分・9293歩・7.34km・416kcal】
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地蔵院は、本尊が地蔵菩薩。1221年承久3年創建。臨済宗建長寺派の寺。門から本堂につづく石畳の道が涼しい。本堂の右に池。
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本堂の前に看板が。板碑が民俗文化財として指定を受けているほか、境内の「カヤ」の木と「なんじゃもんじゃ」の木が市の天然記念物となっている。
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門の右側にそびえるのが、「カヤ」の木。3株立ちのカヤの木というのは、珍しいらしい。
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地蔵様や祠が雰囲気を作っている。
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本堂の裏に廻る。墓地の先に枝をひろげた「カゴノキ」の巨木が。回ったら、全然関係ないけど尊敬する尾崎放哉の句を思い浮かべてしまった。
『墓のうらに廻る』(尾崎放哉/「層雲」大正15年四月号)
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「カゴノキ」は、クスノキ科の常緑高木。樹皮が点々と剥がれる性質があり、はがれた模様が、鹿の子の肌と同じようなことから、鹿の子=カゴノキといわれるようになったそうです。また地元では、この木がなんの木かよくわからなかったので「ナンジャモンジャ」の木と呼ばれています。
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随分、勉強になるプログですが、看板に書いてありました。合掌。
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さて次の巨木へ。むつみ橋通りにもどり、東秋留駅を越えて北口に。二宮神社の下を通り五日市街道の「二宮神社入口」信号を横断。
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そのまま細道を直進すると左側に「玉泉寺」に。【10:06分・12528歩・9.89km・562kcal】
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玉泉寺は、秋川流域では2寺しかない、天台宗の寺。もうひとつの天台宗の寺は、玉泉寺の南方近く、東秋留橋の「西光寺」。本尊は、どちらも阿弥陀如来。

『戦前までは、「お十夜の寺」として毎年10月13日から15日まで大きな縁日がたち、「鉦はり念仏」と呼ばれる大変珍しい行事が講中によって行われ、流域の念仏信仰の中心的な役割を果たしていた。』(「無漏西遊・秋川流域の寺々」より)

境内には、地元の早川醤油で使われていた醤油樽に恵比寿像が安置されている。
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神社の左側に「エノキ」が聳える。寺の横に看板が。
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地蔵様は、毛糸の帽子と毛糸の前掛けでちょっと熱中症ぎみ。
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墓地を登ったところに巨木が待ち構える。
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境内には、ほかに市名木・巨木百選のアカマツ、モミ、モミジなども生い茂っている。

玉泉寺を後に来た路を戻り東秋留駅に向かう。途中、二宮神社したの「お池」に挨拶。いつものように、雨乞いお兄さんがぴーひゃらぴーひゃらしています。巨大な亀たちが、急いで水の中に。波紋がひろがる。
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鴨やコイたちは、外のバカ暑さもなんのその、ぴーひゃらリズムでゆったりと気持ちよさそうに遊んでいます。飛び込んじゃおうかと思いましたが、対岸で、同じような思いで水面を真剣に見つめている少年がひとりいたのでやめました。
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東秋留駅発10:20分の武蔵五日市行きで帰宅方向に。電車が来た。げげげげ。マンインダァ。少年男男、青年男女、老年男女、団塊男女が大量に乗っている。秋川駅で大半が下車。サマーランド的服装が多かったのでサマーランドだな。金がなさそうな、高校生もてない風オトコだけ四人組は、うらやましそうに、ちゃらんちゃらん姉ちゃんたちの後姿を見送っておりました。合掌。これも青春だ。

最近のマイブーム巨樹めぐりをしていて、巨木たちの肌に触れると、なんかパワーが伝わってきます。でも、くそ暑さのためか、本日の巨木パワーは、少し、でれっとしてたような感じがしました。巨樹にめざめさせていただいた「隣市民」さまに感謝。

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2007年8月19日 (日)

ありがたいお言葉

五日市・伊奈の正一位岩走神社は、ウォーキングしているときに通りかかると必ず、参拝をします。
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手水鉢で手と口を漱ぎ、タオルを首から外し、鳥居前で一礼。拝殿までの参道も真ん中を通らず、端を歩く。賽銭箱にそっと10円玉を入れる。鈴を2回ならす。紐を下にひく様に鳴らすのがコツ。次に、ぺこりぺこり、ぱちぱち、ほぺこり。ぱちぱちするときのコツというかカッコいいぱちりの仕方は、両手を合わせ、右手を下にちょっとずらしてから、ぱちり、ぱちりするのであります。このぱちりぱちりで神様とのコンタクトが始まります。

この神社にお願い事をするとかなりの確立で、願いが叶います。子供たちの受験では、希望校100%です。お礼の参拝も忘れずにすることと、柏手の正しい打ち方をして、神様のとのコンタクトができてから、お願いをするのがコツです。(コツなんていうと神様に怒られそう。)

そして、この拝殿の壁に、「お言葉」のポスターが月ごとに貼りかえられます。なかなか考えさせるお言葉が多いので、楽しみにしています。
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8月のお言葉は、「百里をいくものは、九十を半とす。」でありました。なかなかであります。合掌んじゃなくて、ぺこりぺこりでありました。

毎年9月の中旬に行われる神社の大祭は、伝統的な姿を継承していて格式が高い。祭囃子も「重松流祭囃子」として有名らしい。

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2007年8月18日 (土)

美晴さんランナウェイ

「本の雑誌」の第二回酒飲み書店員が選ぶオモシロ本の一位にランクされた山本幸久の新刊本。主人公は、27歳独身の叔母さん居候まあ美人。この美晴さんは、自分のリズムで、生きているから会社のリズムや社会のリズムとはちょっとテンポが違って、大きな「正しい」リズムに踊れといわれたりそんな圧力を感じると、逃げちゃっていた人なのです。そんな美晴さんの職場は近所の古本屋の店番。

美晴さんに「好きな人が」できたらしい。小学校、中学校などの卒業式やら、母の葬式までランナウェイしていた美晴さんは・・・。

人間の悪い性で、こんなにくそ暑くなってしまった日本の正しくない夏の夜に、ぐだぐだの精神力で読める真夏向きのだらだらオモロイ本です。美晴さんみたいな人が、いっぱいいたら、優しい、楽しい日本になっていたのに。いまからでも遅くありませんから、世代交代世代やリストラ予備軍世代、疲れちゃった、みなさまは、美晴リズムで行きましょう。

美晴さんランナウェイ Book 美晴さんランナウェイ

著者:山本 幸久
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

真面目な人は読まないでください。論争が始まったりするのは、美晴さんリズムじゅないから。うざったいし。じゃあね。

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2007年8月17日 (金)

羽村の堰までウォーキング

先日、玉川上水を「羽村の堰-拝島」、「拝島-高井戸の浅間橋」と2回に分けて完歩しましたが、よく考えると、五日市から羽村の堰までのウォーキングをしていなかったことに気づきました。これでは、片手落ち(この言葉も放送禁止用語かな?)なので、体温より高い日差しの中、決意のウォーキングをスタート。ワタクシの平熱は35.4度なのであります。

武蔵五日市駅を7:24分にスタート。一路、多摩バス「平井経由福生行き」のバスルートに沿ってすすむ。基本的にはこのバス路線ですすみますが、裏道、横道などをぶらぶらしてすすみます。そうしないと、なんだか仕事に来ているみたいで落ち着かない。

羽村大橋方面にすすむ。羽村の堰の下の歩道橋で多摩川を渡ると羽村の堰に。


お散歩マニア | Olivemap

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玉川兄弟が指差しているのは、なぜか上流方面。玉川上水は、この銅像の左側を、銅像の背後方面に流れているのですが。「はんたいがをじゃないの」と一様の注意はしたのですが、銅像だからかもしれないが、なんの反応もないので張り合いがない。

これが羽村の堰です。
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多摩川に堰をして、横っちょに水門をつけて、玉川上水まで流す。

玉川上水には、生まれたての上水が元気に流れていきました。これが、都民の飲み水として活躍しているのですから、ここからは小便などをしてはいけないのです。ビールを飲んで酔っ払ってもいけないのです。薄まるからいいんじゃねぇのと思ってもいけないのであります。【9:24分・13590歩・10.73km・613kcal】
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再び、歩道橋を渡り、坂道を登り「いなげや」を過ぎ、バス通りに。ファミリーマート草花店で、ジャスミン茶とポカリを購入し、水分補給の後、草花バス停に。【9:46分・16581歩・13.09km・747kcal】
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ここのバス停の前に、ちいさな野菜の直売所があります。この日は、100円でキュウリを購入。これを冷え冷えにして、塩をふりかけて、左手にモルツ、右手にきゅうりでむしゃむしゃするという夏の正しい計画です。

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2007年8月16日 (木)

槿の花

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ひとりゆく 遍路の道や 白槿 (青椒・万次郎)

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2007年8月14日 (火)

五柱神社の巨大杉 その2

沢戸橋を渡り戸倉地域に入る。戸倉には、湧水を引き込んだ公共井戸が何箇所もあり、冷たい水が自由に利用できる。これは、戸倉農協前の井戸。ジャージャー流れる水を手ですくい、首筋や顔を洗う。大変良い気持ち。
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煙突は、五日市の銘酒「喜正」の酒蔵・野崎酒造のもの。95%が地元消費という稀少な酒を造っている。昔から、五日市の人は日本酒は「喜正」と決まっていた。「山の人の酒」というコンセプトで、飲み飽きない辛口の酒づくりをしていると聞いた事がある。ワタクシたちも、集まると、一升二升と飲んでいたものですが、いまはあんまり日本酒みんなのみませんよね。ワタクシは歳とともに、日本酒に回帰ぎみで、それも本醸造の燗酒が飲み飽きないでいいなぁとか思っています。
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杉玉が吊るされている門を入ると左側に売店が。ここで、この酒蔵の酒が入手できる。手作りの梅干もおすすめです。五日市方面にお越しの際は、ぜひお試しください。
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檜原方面に進み、十里木交差点を右折して養沢方面に。軍道地区の入口にかかる橋が「新橋」。これを渡り、すぐに左折して急坂を登る。寺岡地区。右側の山際に巨大杉が見えてくる。もう少し。
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民家の横の細道を入り上りきると五柱神社。【8:48分・8893歩・7.02km・402kcal】
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本殿の横にどっかりと立っているのが、目指す巨大杉。噂どおりの迫力。近所のおじさんが、言っていたけど、前は、枝のひろがりがもっともっと広かったそうです。台風などで枝が折れちゃったのだそうです。
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根元に説明文が。
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いいこいいこと撫でながら、しっかりパワーを吸い取ってきました。なんだか、大きな木の肌にふれていると、命のパワーが伝わってくる気がしませんか?
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神社の階段から見た、五日市方面。
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神社を後に、瀬音の湯方面に進む。急坂の途中に、例の傾いた家が。また、ピサ度が高くなってきたようだ。殺人事件現場のような、黄色の立ち入り禁止テープも張り巡らされたぞ。秒読みかも。こっち方面のウォーキングを増やそう。
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坂を登りきると地蔵様が。その脇の階段を上り、路なりにすすむと、橋が。これを渡って素直にすすむと瀬音の湯に出ます。
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案内板に沿ってすすむ。
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標識を打つなら、木の根っこは止めなさい!こういう感覚が分からない。頭や感性を使わない奴が多い。こういうやつらと酒は絶対に飲みたくない。気を使わないんだよね。
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そうそう、やれば出来るじゃないの。
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尾根道を看板に沿ってすすみ「瀬音の湯」に到着。【9:25分・11647歩・9.18km・512kcal】
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10時まで待って温泉に入ってから帰ろうかと思いましたが、着替えも金もないので、本日は、ここからユーターンで、帰路もウォーキングで行くことを決定。一人だけだから会議も早く進行するし、結論も明確。そんでは、水分補給はしようと自動販売機を探すが、外には無。

掃除をしているお兄さんに聞いたら施設のなかに入らないと「無」とのこと。でも、施設への入場は、「10時までだめ!」と書いてある。お兄さんもダメダメという。こういわれると、天邪鬼のワタクシですから、強行突破。向こうから、責任者らしき人が来る。

「そこの自動販売機で水だけ買って、すぐ帰るから、いいですか?」と聞くと、拍子抜けするお答え。「いいよ」。

アノネ、外にも自動販売を設置するか、「ウォーキングしてきて、汗だらけの貧乏ぽい人が、「水」を欲しいと言ったら、時間以外でもいれましょう。」という朝礼をやって意思と対応を共有化しておいてほしいな。せっかくハイキングコースやらウォーキングコースを設置しているのですから、いつでも利用できる温泉シャワーブースとか、いつでも水分補給やお疲れの体を横たえるコーナーなんかをなにげなく作っていたらお洒落におもうのですが。

まぁ水分の補給も出来たので、一路、檜原街道を五日市駅方面に急ぐ。五日市の街は、街路樹の百日紅の木がピンクや赤や白でにぎやか。9月1日のヨルイチ、9月28日~30日の阿伎留神社の大祭と、大イヴェント前の何気ない町の風景。
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武蔵五日市駅着。【10:20分・17706歩・13.98km・784kcal】

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2007年8月13日 (月)

たなごころ 檜原村 美味パン

檜原村・笛吹(うずしき)の美味なる手作り・「まい酵母パン屋・たなごころ」に。五日市駅から約23km。車で40分ほど。
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先日は、「檜原村・滝と湧水ウォーキング」ではるばる歩いてたどり着きましたが、この猛暑では、生死の問題化と思い、車で。そのときに購入したパンの味が忘れられずに再訪しました。
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実は、2日ほど前にも訪問しましたが、平日がお休みなのでした。ちょうど、御主人がいらして、この店を手作りでつくる苦労話を伺いながら、ジュースまで御馳走になってしまいました。

このお店は、「たなごころ」のホームページでも紹介されていますが、御夫婦の手作りのお店です。シャッターのカワイイ動物たちも、近所の少女のアイデアで、その彼女が書いてくれた原画を拡大して書いたものだそうです。また、「掌」という暖簾も、人里の草木染め作家「工房シゲタ」の方の手作りものです。
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木の香りのするとても眺めの良いベランダで、気持ちよい風にふかれながら、パンやスープを食べながら、入れたての香り豊かなコーヒーを飲むシアワセは言葉に出来ないほど。
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はるか下の清流の音もとても心落ち着くバックミュージックです。
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パンは、「酒まんじゅう」をヒントに、自家製の天然酵母を使い、国産小麦を原料にしたシンプルなパン。牛乳や卵、砂糖、添加物を使用しないので、小麦本来の味が楽しめる奥深い味わいと香りのパン。
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焼いて、バターやオリーブオイル(ワタクシは最近、オリーブオイルにはまっています。)につけて食べるとクセになります。山型食パンをスライスして、トーストし、オリーブオイルをたっぷりとたらし、ニンニクの薄いスライスをのせ、キャベツの糠みそを細かく刻んで挟んで食べるシアワセは、他では変えられません。ヒジキとか、和風の惣菜をのせてもなんか合うのであります。
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自家製のブルベリーまでありました。
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にんじんパンを製作中の井上百合子さん。
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本日のスープ「野菜スープ」も野菜がたっぷりで、とても旨かったですよ。またお邪魔します。ごちそうさまでした。合掌。

五日市で9月1日(土曜)に開催される「ヨルイチ」にも出店されると聞いています。それも楽しみにしています。

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お店の場所、営業時間

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2007年8月12日 (日)

旨い!氷屋のかき氷 丸市屋・夏竹

地域新聞「西の風」にのっていたかき氷を食べにでかけました。五日市の五日市高校前信号の手前にかき氷の旗がひらめいているのですぐ分かります。

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お散歩マニア | Olivemap

丸市屋の氷は、先日のそうめん流し大会でも購入させていただき活用しました。1塊が(むかしは、一貫目とか言っていた)460円。じっくり時間をかけて凍らせるので、解けにくくてバーベキューやら、キャンプなどにお役立ち。

この氷屋さんが、夏だけかき氷を食べさせてくれます。名前も「夏竹」(なつだけ)と洒落ています。
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ウォーキングかてら、朝の8時半に店を覗いたら、食べさせてくれるというので、さっそく定番の「氷いちご」を注文。冷凍庫から氷を取り出して、おばぁさんが、しゃりしゃり氷を削ってくれる。隣では、お孫さんが、でかい氷の塊を、のこぎりのような機械で、カットしている。
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こんな時間なのに、ひっきりなしに氷の塊を購入する人が来る。
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かき氷の出来上がり。これで150円。うーむ美味。透き通って薄い削りたての氷は、優しく口のなかで解ける。家庭で作るのとは、まったく異なる舌触り。
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おばあさんが言うには、じっくり時間をかけて泡を抜きながら、しっかりと凍らせるので、透明感があり、ふんわりと削れるのだそうだ。削る機械もプロ用は違うらしい。確かに、「しゃりしょりしゃりしょり」と削る音もとても静か。
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メニューは、150円の氷いちごから各種。
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かき氷を削る機械もリースが出来るそうです。「アイススライサー」というのだそうです。1日3000円。いろんな行事で人気殺到らしい。

「夏竹」という名前の通り、営業は9月の末まで。一度、氷屋さんのかき氷をお試しください。旨いよ。

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2007年8月11日 (土)

五柱神社の巨大杉

先日、ワタクシの馬鹿ブログへわざわざコロメントをくだっさった「隣市民」の方に誘発され、東京都内随一という杉の巨木を探検することにしました。「隣市民」さんありがとう。せっかくだから、杉一本だけじゃあ申し訳ない、付録ということで、小和田の広徳寺の「タラヨウ」と「カヤ」を廻ろうということになりました。一人だから簡単に結論が出てヨロシイ。

ということで、武蔵五日市駅7:24出発。とことことこことと檜原街道を歩き、小和田方面に。小和田橋を渡る。早朝の秋川は、誰もいない。
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ミヤザキツトムの家は、駐車場。
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この駐車場の対面の坂を登りきったところが、臨済宗・建長寺派の古刹・龍角山 広徳寺。創建は1373年応安6年。徳川家康が江戸に入国した際に、後北条累代の菩提寺であるということで寺領40石の御朱印を下付したという寺。境内は東京都の史跡にも指定されている。【7:41分・2236歩・1.76km・99kcal】

中学校のときによく、絵の授業で写生にきていたりしたが、その頃とまったく面影が同じ。ただ、本堂が新しく改築されたくらい。ワタクシタチは、あほだったので、寺の裏の池でカヤの実を探したりしていていました。

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総門は1819年の作で、袖板壁をもつ素朴で堅固なつくりは室町期の面影をのこしていて市内の建築物としては最も古式をとどめているらしい。「穐留禅窟」の額は、出雲の松江藩主・松平不昧の筆。

本堂の前には、巨木のイチョウが守るように立っている。改築された本堂の縁側で、蝉の声を聞きながら、早朝の風に吹かれていると、本日のウォーキングもうここで終わりにしようかなかなかな的な気分にやや陥りましたが、まだ見ぬ愛しの巨大杉のことを思い、むっくりと起き上がる私でありました。おっと合掌、合掌。
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本堂の裏には、東京都天然記念物のタラヨウの巨木が聳える。
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樹高19.09m、目通り幹周り2.45m。
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さらに、寺の背後に聳えるのは、やはり東京都天然記念物のカヤ。
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これも、でっかくて、目通り幹囲5.3m、樹高24.5mという立派な木たち。
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広徳寺をあとに、秋川まで下り、佳月橋を渡り、川沿いに進み、黒茶屋内の古甲州街道を進む。黒茶屋の門からでると目の前に「子安神社」。
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ここにも巨木の杉が。左に立つのが夫婦杉。ひとつの幹が、ふたりに分かれる。フンドシのような注連縄が。
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夫婦杉の幹から飛び立った蝉の抜け殻が。さぞかし安産な蝉ではなかったのかな。
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右側の過ぎも、天を突くような勢い。一人で寂しそうだから、ワタクシが撫でなでしてあげました。ちょっとぶるっとした感じが伝わってきました。感じたのかな。
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ここのトイレも、ちょっとなぁという感じ。ひとりで寂しく境内で、ふざけているけど誰もあいてにしてくれない感じ。いいよいいよ頑張っているものね、と声をいちようかけてあげ゜ました。なにがいいかはしれませんが・・・。
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ということで、沢渡橋を渡り戸倉に。おおきな山は、城山。続きは明日。熱い熱いアツイ亜細亜。
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2007年8月10日 (金)

草津温泉 ホルモン 賀川豊彦

夜中に腹が減ったので、近くの噴火ラーメン屋に。なにが旨いのかと聞くと、焼肉は旨いというので、ラーメンの前に「ホルモン」を。これがまた、焼酎の水割りによく似合う。あまりにも美味なので、ついでにレバーを喰って、ラーメンをすする。こうして、どこでもおんなじ夜が更けてゆくのであります。噴火ラーメンは、特に噴火もせずに、おとなしい昔ながらのお味でありました。
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翌日、アタマ痛い、アタマイタイと、よろよろよろりし、湯畑に行ってみると、なんと賀川豊彦先生の石柱もあるではありませんか。合掌。
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賀川豊彦は、三上千代の家に三ヶ月滞在。消費組合に関する講演を行った。彼の講演に感動した人たちで、昭和2年に草津に消費組合「ハレルヤ商会」が出来た。

ちなみに、賀川豊彦は、ワタクシが卒園した「五日市保育園」を昭和11年に開園したしたひとでもあります。クリスマスに貰う、ケーキの味が忘れられません。合掌ならぬ、アーメン。

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2007年8月 9日 (木)

草津温泉 外湯

草津温泉が好きなのは、湯量が豊富なことといろいろな泉質の温泉があること、そして、時間湯などの温泉文化が発達していること。街も落ち着いていて、遊ぶところもあんまりなくて、ゆったりとぼぉーっと自分のペースで暮らせること。

そして、地区ごとにある「外湯」。昔、草津温泉では、大名などが宿泊する施設には「内湯」という温泉を備えた宿屋があったが、庶民は、基本的に「内湯」などがない宿屋に泊まり、温泉は「外湯」という町の人が利用する公衆温泉を利用したそうです。しかし、しだいに各宿屋も宿屋内に温泉に入れる「内湯」をつくるようになったということです。

草津には、そうした「外湯」が18ケ所あり、それぞれ地区で管理している。掃除の時間以外は、旅行者も無料で入れます。

そのなかでもワタクシのお気に入りは、「翁の湯」。熱い源泉がこれでもかこれでもかと流れ出している。湯畑が源泉。
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よそ者は、すぐに水で薄めようとするが、これは地区の人が適温に管理しているので、「絶対」に薄めないこと。黙って我慢して入ること。我慢していると、だんだん慣れてくる。そうしているうちに、皮膚から温泉の成分が浸み込んでくるので、純粋な温泉が一番。

ここの「翁の湯」は、昔、芸者さんたちの定番の外湯としても有名。肌が綺麗になるのと体の疲れが抜けて元気になるといわれていたそうです。比較的好いているのもいい。
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こんないい気分の明るい温泉に浸かっていると、酒も、温泉も好きであった山頭火の句を思い出す。
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ちんぽこもおそそも湧いてあふれる湯  (山頭火)

この句は、山口の川棚温泉で詠んだようですが、山頭火は実は、草津にもきっちりと来ているのです。「湯畑」をぐるりと囲む石の柱には、草津に来た有名人100人の名前と来た時期が刻んであります。
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昭和11年(1936年)5月21日、吾妻駅から到着して「富山館」という旅館に到着。翌日、宿のおかみさんの案内で白根神社に参拝した後、「外湯」の「凪の湯」にはいったというのが「旅日記」に記載されている。「凪の湯」は、温泉まんじゅをただで朝から夜まで配っているまんじゅうやの奥にひっそりとあります。
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山頭火は、5月25日まで草津にいて、それから白根山を越え、万座温泉の「日進館」に入りました。朝の7時半に草津を出発して、万座に着いたのは午後4時ということでした。

もうひとつのお気に入りが「煮川の湯」。
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ここは源泉の「外湯」で、ここから旅館には引かれていないので、ここのお湯はここでしか味わえなかったのです。しかし、「大滝の湯」が出来るとそちらにも現在はひかれています。ちいさなちいさな外湯で2、3人入れば一杯になってしまうような湯船に、根性アル温泉が、どばどばと注いでいます。
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ここは、とにかく熱い。体中がびんびん痺れてくるのを我慢して入っていると、やがて、アタマもカラダもぼぉーっとしてくる気分のよさが最高。風呂も、昔のつくりで、源泉をそのままひき、一度冷まして風呂に流す工夫がしてある。こうした形式は、こことあと数箇所しかみられないようです。
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草津の湯は、病気を治す湯であったために、源泉そのままの濃いやつを薄めずに利用する工夫があります。「時間湯」もそのひとつ、「湯長」の号令を合図に、熱い熱い温泉に浸かる修行のような温泉の入り方。今も「地蔵の湯」と「千歳の湯」で行われている。「地蔵の湯」は、本式の治療をかねた時間湯で、簡単に利用はできないようですが、「千歳の湯」であったら、一日に何回か行われているので500円だせば利用できます。

さらに、もうひとつのお気に入りは、温泉街から離れた墓地の近く、パチンコ屋のとなりにある「こぶしの湯」。ここは、万代鉱という源泉からひいてきた温泉。
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ここも、熱いよ。もの凄く熱い。風呂の作りも、外光を取り入れるようになっていて気分がいい。
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この間、言ったら、よそ者が、ホースで水を薄めているから、「薄めちゃだめやない」と地もティ風に言ったら、そそくさと出て行きました。

おまけ。外湯の壁にはってあったポスター。なんとなく、哀しくなってきました。暴力はいけないよ。
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2007年8月 8日 (水)

草津温泉 極楽館

草津温泉は、ワタクシのお気に入りの場所。季節ごとにお湯に入りに行っています。その定宿が「極楽館」。
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ここは、御夫婦で経営するこじんまりした小さな旅館で、雰囲気も料理も美味で、なおかつ、この宿が源泉をもっていてこの温泉がまたとても気持ちがよいのであります。源泉を持つ湯宿は、草津でも唯一のところだそうです。料理が美味で、夕食にでる奥様のビーフシチューは絶品です。T社のOさま、了解ですか?
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源泉の名前が「大日の湯」。大正14年に源泉を発見してからの宿。お風呂にも大日如来の仏像がありますが、草津特有の酸性の泉質のためか、お姿が、崩れかけていますが、本質が徐々に現れてきているのか、なんだか自然に合掌したくなります。
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ちょうど良い温度の温泉が、どんどんどんどんあふれ出してきて、「何も足さない何も引かない」本当のかけ流しの温泉です。ここは、日帰りの温泉客もいれませんから、泊まらないと味わえない温泉です。
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ここには、著名人も立ち寄ったみたいで、宿の壁に、山下清画伯が芸者さんたちと一緒に風呂に入っている写真が飾ってありました。
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2007年8月 7日 (火)

坂東眞真砂子「岐かれ路」「月待ちの恋」

坂東眞砂子の「岐かれ路」と「月待ちの恋」は単行本が出たときに、買おうか買うまいかとても悩んで、買おうと思ったときには、書店で見かけなかった本。

それが、なんと文庫になったのに驚きました。図書館には多分、置かれない本。江戸の官能をあぶりだす、色刷りの浮世絵春画が満載。その春画をテーマにした短編小説。

夏になると官能本やらが出回るのはなんとなくわかります。

春話二十六夜 岐かれ路 Book 春話二十六夜 岐かれ路

著者:坂東 眞砂子
販売元:新潮社
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春話二十六夜 月待ちの恋 Book 春話二十六夜 月待ちの恋

著者:坂東 眞砂子
販売元:新潮社
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2007年8月 6日 (月)

そうめん流し大会

インドの山田君へ。第29回を迎える「そうめん流し大会」も無事に終了しました。当日は、外気温38.3度という猛暑の中、ビールを飲んでも、焼酎をのんでも、お水を飲んでもみーーんな汗になっちゃう気分。「日本でワタシも考えちゃう」くらいの猛暑。

早朝の竹きり。竹林の前には「マムシに注意」の看板が。太い奴を2本切り出し、道路まで引き上げて枝を取り除く。
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そうめん台をつくるために、竹を半分に割るのが大変。「失敗したら、竹は一杯あるので、また切ればいいや」という気分がいい。あんまり、真面目な人が参加しないのでいい。結構、こういう「場」で、仕事みたいにするヒトにんだよね。そういうヒトは、次から来なくなるシステム。
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そうめん台の設置。今回は、2段作戦で、結構丁寧な台を作成。重なった部分には、穴をあけて、素麺が落ちるという、優れもの。
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そうめんな人々。
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そうめんな焼きそば。そうめん流しなのに、定番の焼きそば。麺はやっぱり「寿美屋」の蒸し中華。
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そうめんなお子様たち。井戸水で戯れるそうめんなお子様たちは、そうめんな親の子供たち。
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それでは、毎日が猛暑のインドの山田君。がんばってください。水のシャワーをプレゼント。
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そうそう、忘れてならないのは、ワタシタチが使用する素麺は、幻の素麺といわれる「鈴ケ峰 手延べそうめん」。これを喰ったら、他の素麺は食えません。幻だから、自分で探してください。
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2007年8月 5日 (日)

東野圭吾 夜明けの街で

東野圭吾の新刊「夜明けの街で」を読了。いいですよ。東野圭吾の本は、どれをとっても読ませる本だから損はしません。いつも進化しているから、今回は、どんな物語を語ってくれるのか興味津々。

この本の帯の宣伝がまたいい。

『幸福な家庭で起きた殺人事件。まもなく時効を迎える。僕はその容疑者と不倫の恋に堕ちた・・・・・。この恋はどこまで続くのだろうか。』

『不倫するやつなんて馬鹿だと思っていた。ところが僕は、その台詞を自分に対して発しなければならなくなる。ただし、その言葉の後に、こう続ける。でも、どうしようもないときもある。』

どうよ、これだけで読みたくなったでしょう。ぜひ、買いですから本屋に走ってください。

さらに!!主人公が働く職場は人形町界隈で、不倫相手と初めて待ち合わせる場所が、水天宮交差点にあるブックス・ピスモpismoのビジネス書売り場です。この本が、ヒットするときっとビジネス書売り場が不倫関連の待ち合わせ場所になると思います。でも、この本屋のビジネス書売り場は、文庫の平台の近くで結構目立つ場所だと思います。むしろ、新書売り場とか漫画売り場のほうが、奥まってそれらしい雰囲気がありますが・・・。

夜明けの街で Book 夜明けの街で

著者:東野 圭吾
販売元:角川書店
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2007年8月 3日 (金)

玉川上水を歩く 第二弾!拝島-浅間橋

玉川上水を歩く 第二弾!第一弾!の羽村-拝島に引き続き、拝島から上水が暗渠になって消えてしまう「浅間橋」までの全長25.7kmロング・ウォーキング。

■玉川上水を歩くための武器
●『玉川上水散策地図』(羽村の取水地から四ツ谷大木戸までを区間を区切って案内地図が掲載されています。写真もあります。トイレ、コンビニ、沿岸のスポット、車椅子が通行できるかまで、盛り込んだ地図。こんな情報がタダで入手できるのは申し訳ありません。感謝感謝感謝。)

●『東京と水道局玉川上水』(羽村の取水地から浅間橋までの上水マップ。全ての橋の名前と沿岸情報がイラストで。)

●『玉川上水ネット』(羽村から四ツ谷大木戸までを歩いた記録。距離数と実際に歩いてみた経験が盛り込まれていて参考になります。)

●『玉川上水散策マップ』(羽村市が発行しているマップ。羽村堰から浅間橋までの詳細な地図。羽村市郷土資料館で500円で販売されています。)

●『小平市玉川上水を守る会・玉川上水辞典』(いやぁーー。これは凄い。上水に関する情報が満載。太宰治の入水自殺からオウムVX事件まで上水に関する情報が整理されて掲載されています。)

今回のウォーキングに使用したのは、羽村市が発行している「玉川上水散策マップ」。これは、B5版のサイズに一定区間ごとに地図がイラストで掲載されているもの。片手にもって歩けるので便利。ウォーキングのお供にだったらこれがお奨め。

てなことで、武蔵五日市から電車に乗り拝島駅へ。北口の西武線口に降り、「平和橋」をスタート。【7:30分】
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平和橋からは、玉川上水に沿って遊歩道が整備されている。ポイントごとに、「地図」の看板が配置されているので、いまどこら辺に居るのかが一目で分かり便利。平和橋の下から「殿ヶ谷分水」「拝島分水口」が見える。
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ひたすら上水に沿って歩く。上水公園、ゴルフ場を右手に見ながら進み、羽村堰から7kmポイントの宮沢橋を過ぎ、松中橋、天王橋へ。橋の袂の「八雲神社」でお賽銭をあげ、これからの道のりの安全を祈願。
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稲荷橋の先で「砂川水衛所跡」で、残堀川と上水が交差。上水は、残堀川をくぐる。昔は、残堀川も上水に注いでいたそうだが、水質の悪化で、多摩川へ水を流すようにしたため、川と交差することになった。サイホンの原理を応用した工法で、川をくぐり、再び上に出てくる。なかなかの見ものです。
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砂川の地主「源五右衛門」さまの屋敷に上水の分水を引く、「源五右衛門分水口」を過ぎ、見影橋に。【8:34分・5995歩・4371km・262kcal】

ふたたびひたすらウォーキング。散歩する人やジョギングするひとたちで、遊歩道はなかなかの賑わい。玉川上水駅に到着。【8:57分・8471歩・6.69km・373kcal】
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ここのすぐ下流の「東京都水道局小平監視所」で、玉川上水の羽村堰から流れてきた清流は無くなる。ここから上水は、暗渠で東村山浄水場まで運ばれる。
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昭和40年に上水路としての使命は終わるわけですが、地元の要望などで、昭和61年に「清流の復活事業」が取り組まれ、清流が復活。清流といっても下水の浄化水を、ここまで引いてきて流したというのであります。ここからは、ウンコやショウベンをキレイにした水を流しいるということです。
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看板を読んで、「うーーん うんこ水かぁ」とここから引き返そうと思いましたが、目的はウォーキングなので、気を取り直してスタート。この辺りは、水辺にまで降りられます。土がむき出しで、こんな風に掘ったのかと感慨深げであります。
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遊歩道沿いは、道も整備されていて、木々のなかをぬって歩くので気分はとてもよろしい。

沿線には、大学や公園も多い。朝鮮大学校もありました。
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西武国分寺線の鷹の台駅近くの鷹の橋に到着。【9:43分・13244歩・10.46km・585kcal】

踏み切りを渡り、進むと津田塾大学のキャンパス。そこの角に小屋が建っている。なんだかと思ったら、この下を武蔵野線が走っていて、保安用の階段の入口。ちょうど、下を電車が通ったのか、轟音が聞こえる。
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鷹の橋から一ツ橋大学近くの商大橋までの遊歩道は「ラバーズレーン」と呼ばれる恋人たちの小路。昔、津田塾の女学生の間では「商大生と歩くと恋が芽生える」という伝説があったことから名づけられましたが、いまは、恋人たちはみかけませんが、じいさんとばあさんのウォーカーやらじじいだけのジョギング人ばかり。「老いらくの恋」の道にもなりそう。合掌。

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商大橋は、昔の小川水衛所跡。ここには、「名勝境界石」というがあります。この石から、境橋までが、「名勝 小金井桜」と呼ばれ、江戸時代中ごろに全国から集められた山桜が植えられ花見の一大名所となっていたということです。
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西武多摩湖線の小平桜橋の踏切を渡る。喜平橋で五日市街道は右岸沿いから左岸沿いに。

臨済宗の古刹「海岸寺」。山門がなかなかいい風情。
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寺の前には「行幸松の碑」が。明治16年に明治天皇が桜見物に来たことを記念して地元の有志が松を植えたとのこと。ワタクシが行っても、カラスが「かぁー」と馬鹿にしたように止まっていただけでした。「かぁーー!?」
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その先には、「お成りの松跡」が。13代将軍・家定が桜見物にきた記念に植えた松が、あったところ。すでに、松は無く、由来を書いた看板が錆付いて立っている。なんで松なのかなぁ。桜のほうがいかったのじゃない。
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小金井街道と五日市街道が交差する小金井橋に到着。【10:41分・18882歩・14.91km・837kcal】

さらにその先の梶野橋を過ぎた辺りが、羽村堰から22kmポイント。武蔵野市に入る。境橋には、一方の境界石が。
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そして、千川上水の分水口のところには、玉川上水の碑がたつ。
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うど橋、独歩橋を過ぎると「武蔵野」で有名な国木田独歩の碑が桜橋の袂に。
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左側には広大な東京都水道局境浄水場が広がる。そして、いよいよ三鷹駅に到着。【11:48分・25078歩・19.8km・1116kcal】
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上水は三鷹駅を暗渠でくぐる。三鷹駅北口の交番裏には、国木田独歩の文学碑が。
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駅を上り、南口に。三鷹橋のところに使えない井戸が。この辺りも、ジブリ美術館に行くバス停ができたりして風景が変わったが、三鷹事件で暴走した列車が突っ込んだところ。いまは、面影も案内板もない。
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すぐに、「玉鹿石の碑」が。でも草むらで分からない。この石がある近くに、太宰治のプレートが立つ小公園が。桜桃ならぬ、さるすべりの樹が満開の赤い花を咲かせている。太宰治が恋人の山崎富栄とともに玉川上水に身を投げたのは昭和23年の6月13日。二人の遺体は、下流の新橋付近で、6日後の太宰39歳の誕生日の6月19日に発見された。
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「路傍の石」で有名な山本有三記念館。
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万助橋で羽村の堰から26kmポイント。井の頭公園にそって遊歩道は続く。

「松本訓導受難碑」。大正8年、遠足に来た麹町区立永田小学校の児童が、誤って上水に落ちたのを救おうとして、自ら上水に飛び込んだものの溺死してしまったことを称えるために建立された。当の小学生は、助かったそうです。訓導とは今の小学校教諭のこと。合掌。
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ゴール近くの兵庫橋の近くには、金田一博士の石碑というのがあります。これは、病弱を苦に入水した愛娘の霊を慰めるとともに上水での水死者の冥福を祈るために建立されたというもの。
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遊歩道もあんまり整備されていない細道を歩く。NHKグランド近くの「浅間橋」にようやく到着。ここが本日のゴールポイント。
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ずいぶん遠くに来たものだ。パチパチ。上水は、ここから四ツ谷大木戸まで、暗渠になる。【12:58分・31993歩・25.27km・1424kcal】

ナイキのシューズ、ユニクロのウォーキングスパッツ&ワタクシの足よご苦労様であった。
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ここから、中央高速にそって環八まで歩き、環八沿いの高井戸駅先の「美しの湯」に到着。【13:25分・34143歩・26.9km・1522kcal】

1200円なりを支払って温泉に。サウナ、水風呂、サウナ、水風呂、ジェットバスにつかり綺麗な身体になりました。いい気持ちですがな。

高井戸から井の頭線に乗り、吉祥寺で下車して、最後の仕上げは、「いせや・仮店舗」へ。生ビールくびくび、焼酎、かぷかぷ。酔いがまわってふらふらふらで帰宅。充実の玉川上水ウォーキングでありました。合掌。

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2007年8月 1日 (水)

銀漢の賦 葉室麟

ひさしぶりにいい物語を読みました。小説にも季節があるとしたら、この本は、晩夏から初秋の夜更けにゆっくりと読むのがお似合いかもしれません。

少年の日を共に同じ道場で過ごした家老と郡方役、そして、彼らの共通の友の百姓。地方の小藩の政争を背景に老境をむかえた二人の武士の運命が再び絡み始める。「知っておるか、天の川のことを銀漢というのを」・・・・

第14回の松本清張賞を受賞した作品。この選考委員である、ワタクシの敬愛する伊集院静さんが、「匂い立つ果実のような時代小説」と絶賛。そして、本読みの巧者である宮部みゆきさんも「私はこの作品に満点をつけました」という評価。この二人の褒め方を見ただけで本屋に突っ走りましたが、ほんとうに清清しい印象を与えてくれるよい本でした。

グローバリゼーション、競争、評価主義、格差社会のまっただなかで、心優しい人はなかなか住みズライ世の中になってしまいましたが、友情や意気というものは、心根のなかにあってほしいものです。こういう本が、分かる人と、酒を飲みたいものです。

下の漢詩は、この本をつらぬくベースになっている詩。蘇軾という人も勉強しなくちゃ。

暮雲収盡溢淸寒
銀漢無聲轉玉盤
此生此夜不長好
明月明年何處看

暮雲収め尽くして清寒溢れ
銀漢声無く玉盤を転ず
此の生、此の夜、長くは好からず
明月、明年、何れの処にて看ん

日暮れ方、雲が無くなり、さわやかな涼気が満ち、銀河には玉の盆のような明月が音もなくのぼる。この楽しい人生、この楽しい夜も永久につづくわけではない。この明月を、明年はどこで眺めることだろう。

(宋第一の詩人 蘇軾の「中秋月」)

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『銀漢の賦』葉室 麟 文藝春秋 1450円

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