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2007年8月

2007年8月31日 (金)

蝉もつらい

温暖化の影響の酷暑、猛暑、狂暑・・・。なんとでも言うがいいーーーー。日本の暑さのなかで、蝉君も苦しんでおるのだ。

武蔵五日市駅のホームの蜘蛛の巣にひっかかってしまって、空中浮遊している蝉。つらい。
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木に集る蝉。暑さで、ニンゲンのことなんかかまってられない蝉。「みーんみん」と声もでない。これじゃあ彼女も出来ないですよ。こんなに近づいても逃げようとしない。熱中症で路上に横たわる病人のようではありませんか。
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そもそも蝉は、交尾の後、枯れ木に卵を産み付けられ、孵化すると土中に「潜伏」し、長い文字通り、「地下に潜って」生活を始める。それも、蝉によって異なるが、なーーんと3年~17年にわたるという。ルバング島潜伏29年の小野田少尉やグァム島潜伏28年の横井庄一伍長、左翼過激派の「地下にもぐった」人のようだ。

潜伏した蝉君たちは、土中の木の根からチューチューと樹液を吸いながら、地中に出たことをひたすら思い続けながら生活をする。「交尾」ができる、「やれる」、子孫を残すのだというDNA的使命を胸に秘めながら・・・。その地中生活も、当初イメージした(多分していないと思いますが)楽園ではないのであります。やっぱり、潜伏生活には、危険があふれなくてはいけないという神が与えた試練でもあるのであります。

刑事や現地人と似た、モグラくんや、ケラさん、ゴミムシくんなどの天敵が執拗な攻撃をしかけてくる。喰われちゃう。つらすぎる。

モグラくんもケラさん、ゴミムシくんたちは、「潜伏生活」じゃなくて、地下常駐で、地下生活のプロだから、「潜伏者」は、ちょっと弱いやね。
 

中には、キャバレーの姉ちゃんみたいに、蝉君の心身に入り込んで、その思想や体力を奪おうとする菌類、所謂「冬虫夏草」に犯されて、「虫」だか「草」だか分からないものなっちまって、ニンゲンの薬にされてしまうものさえいる。

おちおちしていられないのだ。ふざけたもんで、「冬虫夏草」が寄生する昆虫のことを「ホスト」というのだそうだ。キャバレーの姉ちゃんが、ホストをタブラカシテ、身包み吸い取っちゃうというイメージ。みんみんみんと泣くしかない。けど、まだ、蝉になってないので泣けない。「うぅーー」とか言うかな。つらいなぁ。
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(日本冬虫夏草の会の画像から「セミタケ」)

いよいよ潜伏期間も過ぎ、地上での生活のために、晴れた日の夕方に、セミガラの生きた奴に変身して、土中から地上に這い出す。木の幹や葉っぱに爪を立てたあと、背中が割れて、殻から這い出して、いよいよ、普通の蝉になって、最後の生をかけた戦いの世界に飛び立つのであります。背中が割れて、蝉になって飛び出す姿は、まるで「宝誌和尚」のよう。合掌モノであります。
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しかし、「そうは問屋はおろさない」そこにも、ちゃーんと強敵が、覆面タオルをはがした時に、私服につかまるように、哀れ、「ヤッター」と叫ぼうとした瞬間に、スズメバチや蟻にやられちゃうのもいるのであります。ほんと、つらいよね。。

ちゃんと蝉になったやつでも、数年前と違う世界がまっているので、時代ボケや、方向音痴になったり、気候条件も、違っちゃって「まいちゃうなぁ」というやつも出てくるのであります。これも、つらい。

なかには、山の木の下で生活していたのに、這い出そうとしたら、上がマンションや道路になっちゃって、「でられないけど・・・!?」という蝉君もおるのであります。しょうがないから、コンクリートやアスファルトの下を土を目指して進むのですが、いけどもいけども頭上はコンクリートでそのうち疲れ果てて、殻も脱げずに貴重な生涯を土中のみで終わる蝉くんもおるのです。むちゃむちゃ、つらい。

みなさん、というわけだから、元気に泣いたり、ションベンをかけながら、ブィーと飛んでいる蝉君を見たら、わが身に移して、「がんばれょ」と声をかけて上げましょうね。

そして、哀れ、熱中症でなくなった蝉君をみたら合掌して、道の片隅に葬ってあげましょう。蝉君のお墓とか木の板に書いてあげたら喜びます。そして合掌。

いま五日市は、ツクツクボウシたちが活躍です。

蝉の抜け殻を「空蝉」(うつせみ)といいます。これは、「集団空蝉」。
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空蝉や寄り添うて行く遍路道(青椒・万次郎)

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2007年8月30日 (木)

池袋 みつぼ 突入

凄いね。東京ホ~ルモン「みつぼ」in池袋。

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居酒屋探検隊Z方面部隊・部隊長しまちゃん(ちゃん付けがヨワッチィ感じがするけど・・・)の陣頭指揮の元、精鋭部隊3名は、暮れなずむ池袋方面に進軍。

遊撃部隊なので、先鋒部隊と主力部隊に分けて進軍。場所は、なーーんと池袋の救いの文化都市「ジュンク堂」の横。お店のキャッチコピーは、「東京ホ~ルモン」ですからなんとなく、「~」のリズムが感じられます。意味は、分かりませんが。暑くて追求もしたくない。
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群がる人、人で進軍は、困難を極めたが、部隊長を先頭とする先鋒部隊の活躍で、すでに、陣地の構築はしてある。ワタクシの座る場所も、「丸椅子もってきてくれちゃって、姉さん、すみません」方式で確保済。
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陣地を確保するのは困難で、外地でたたずむ戦闘員がいたり、店の入口のビールケースに無理やり陣地確保をする戦闘員がいたりで、なかなか大変な戦場でありました。ヴェトナムで戦われたような、ゲリラ戦が戦われているのであります。
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いざ戦闘を開始するのでありました。先鋒隊は、「セロリ」とか「キャベツ」でヘルシー路線的にカモフラージュをしながら、M16機関銃ならぬ「ポッピー」攻撃で、意気高らか。ワタクシは、昨夜の中央線・荻窪方面戦線の戦いで心身とも「もうだめ的なよろよろ系」でありましたが、新しい戦場とのことで、ちょろちょろと生ぬるい武器で参戦。えっの「チューハイ」攻撃です。ごめんなさい水鉄砲みたいかな。

焼き豚が登場。肉が新鮮で、焼き方がちょーどええから、旨いやーーーー。ということで、すでに一敗。フワ、カシラ、チレ・・・。みんな90円。
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続いて、ここの主力部隊という「ホルモンのさしみ盛り合わせ・刺し盛750円」を注文。ホッピーの中とチューハイも追加。見て下さい。この新鮮な色合い。むしゃむしゃ食っちゃって二敗目。
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窓の外にはジュンク堂で本を見る人たち。この落差がいい。姉さん店員の捌きと感じが良くて三敗目。
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しかし、こうした有名混雑店親父系加齢臭のお店のオネェサンやお兄さんたちは、なんで優しいんだろう。(例外は、たくさんありますが、方向的には優しい。) 

MナルドやKタッキー、居酒屋Wなどなどなどのチェーン店のバカ声画一的人をモノだと思っている対応の、アホ店員とマニュアル的バカ店長のお店に比べるとパチパチ拍手の感謝状だよなぁ。

瓶ビール460円。
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あとは、ポッピー中、チューハイの追加で、池袋の夜は更けて行くのでありました。

近くの「かぶらや1号店」は、本日も、「ぱらよっちゃっているのね」の人々で路上まであふれてこぼれるお父さん、お兄さん、お姉さんたちで一杯でありました。部隊長のそんじゃあちょっと行こうかねと「かぶらや2号店」に向かったら、階段までの行列で、さよならさよならとなりました。
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部隊長・しまさま(ちゃんから「さま」へ格上げ)へ感謝の合掌。次はどこかね。

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2007年8月29日 (水)

五日市 Kan-KURA

武蔵五日市駅、秋川橋を渡ったところにある「kan-KURA」に。
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蔵を改造した二階に。太い梁が通りどっしりした雰囲気が気持ちいい。
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窓の外には、秋川の流れが。
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本日のランチを注文。4人で出かけたので、いろんなものを食べようと、パスタのランチセット、ピッツアのランチセットをそれぞれべつべつに注文。(頭力が少しはある)
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ランチセットは、デザートがつくのとつかないのがある。このお店のランチは、結構、ボリュウムがあるのでデザートなしを注文。本日は、4種類のパスタと3種類のピッツアから選択。7人で来て、それぞれが異なったものを注文すると、全部がちょっとずつ食べられるということになる。

パスタのランチセットが、前菜+好みのパスタ+好みのドリンクで1300円。ピッツアのランチセットが、前菜+好みのピッツア+好みのドリンクで1200円。単品だと950円とかだからセットがお徳。

前菜。前菜は、パスセットもピッツアセットもおんなじ。本日は、車なのでワインが飲めなくて寂しい哀しい、前菜君も、お水で食べられて哀しい。(ナイフもフォークもあるが、お箸もちゃんとあるのがウレシイ。)
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まず、2種類のピッツアが登場。「サラミとオリーブのピッツア」。グリーン&ブラックオリーブのスライスが勝利。チーズもたっぷりで勝利。(なにが「勝利」かは意味が無いが「旨い」という感じ。)
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「フレッシュトマトとバジルのピッツア」。生のバジルの葉が勝利。フレッシュトマトの酸味がとろりとチーズとあわさって勝利。
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4人で、2枚のピッツアを食べる。「一杯のかけそば」的だなという声も。生地が薄く、淵のところがふんわりと盛り上がっていて、美味。ボリュームもある。これだけで腹がいっぱいになりそう。

つづいてパスタが登場。「小エビと小柱バジリコクリームのパスタ」。バジリコソースがたっぷりしている。残りのソースを、ピッツアの淵のところにつけて全部綺麗に平らげました。
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「ナスとフレッシュトマトとモッツレラチーズのパスタ」。チーズが勝利。ナスやトマトのスライスの厚さが勝利。
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最後に、「お好みのドリンク」が登場。ワタクシは、冷たいジャスミン茶。すっきりさっぱり、といい感じ。本日は、昼食としては少しカロリーオーバー気味。でも満足というか勝利。
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ワタクシは、昔から五日市は、「東京の軽井沢だぁ」とか、言っていましたが、最近、何気なくて、美味なお店が増えてきて、軽井沢らしくなりつつあり、やばい、嬉しい。合掌。

むかしは、東京の山猿とか、田舎モノとか、「チベットかぁ」とか馬鹿にされていたのですが、いまは、なかなかの評価を感じます。東京から2時半半の距離がちょうどいいのでありましょうか。軽井沢より遠い!?

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2007年8月28日 (火)

草津温泉 山頭火

先日、草津温泉に行った折、山頭火のことが気になって、再度草津温泉に。ワタクシの定宿「極楽館」に泊る。ここは、小さな旅館で、美味なる食事、ここだけの源泉「大日の湯」があり、泉質も良い旅館です。あんまし教えたくない。

ということで、草津温泉と山頭火好きな方への、山頭火探検隊のリポートです。パチパチ。だらだら長く、あっちこっちに飛ぶリポートですから覚悟を決めて読んでください。

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うしろすがたのしぐれていくか (山頭火)

この有名な写真は、草津温泉とはまったく関係がありません。この有名な写真は、下関・長府の吉岡家長屋という長府藩馬廻り要職の大久保五郎左右衛門の元屋敷で撮られたもの。撮影者は、30歳も年下の弟子、近木圭之介氏。撮影日は、昭和8年6月。草津に来る3年前ということになる。

ちなみに「うしろすがたのしぐれていくか」の句は、昭和6年12月31日の日記に、自嘲ということで、記されています。

昭和11年(1936年)5月21日、信州から草津に向かった山頭火は、草軽軽便鉄道・吾妻駅から電車に乗り込み、夕方に草津温泉駅に到着。草津温泉には、25日までの4日間滞在しました。

山頭火が草津まで行った「草軽電気鉄道」というのは、現在は廃線になっていますが、軽井沢から草津まで走っていた鉄道路線。昭和37年に廃止されるまで、高原を走る列車として親しまれていました。

当時のルートは、「新軽井沢-旧軽井沢-三笠-鶴留-小瀬温泉-長日向-国境平-二度上-栗平-北軽井沢-吾妻-小代-妻恋-上州三原-湯窪-万座温泉口-草津前口-谷所-草津温泉」。
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(当時の軽井沢駅)

草軽電気鉄道、全長55.5kmを3時間30分で、えっちらおっちら疾走した機関車は、現在の軽井沢駅前に展示してあります。愛称は「かぶと虫」。
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大正13年に信越電力から購入した、アメリカ、ジェフリー社のL型電気機関車デキ12型」。なんとなく、味があります。この模型は、草津温泉に入る手前の道の駅の売店にも展示してあります。お土産品に囲まれちゃってちょっと迷惑げ・・・。
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草軽電気鉄道が、現在の草軽交通株式会社で、ここのホームページには「公式資料室」というページがあり、ここには当時の「時刻表」「切符」「運賃表」「路線図」など貴重な資料が掲載されています。山頭火が乗車した雰囲気がなんとなく伝わってくるような。

山頭火が降り立った、昔の「草津温泉駅」は、「草津温泉ホテル東急」の前の「浅間台公園」にありました。
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それを記念する碑が残っています。山頭火は、ここに降りたったわけです。
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碑の足元に、レールが!!碑の正面の下に、突き出すように二本のレールがありました。「ナロー」という軌道の幅はとても狭いし、とても細いレール。
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■草津温泉駅跡の碑文

草津温泉駅は、長野県軽井沢町と群馬県草津町を結ぶ草軽電気鉄道55キロ241メートルの群馬県側始発駅として大正15918日に開業し発展途上にある草津温泉の表玄関として多数の浴客や地域住民の乗降を主体とし硫黄薪炭等地元生産物の発送と各種建築貨材食料など生活必需品の到着した懐かしい駅でもあったが交通事情の変革により昭和37131日同電鉄の廃線のため37年間の営業を閉じた昭和5811月吉日 草軽交通社友会 草津町有志 建立

著名な、旅行作家・宮脇俊三は「失われた鉄道を求めて」(文春文庫)という本で、草軽鉄道を旅したことを書いています。

この間の山頭火の行動は、山頭火の日記「其中日記」の昭和11年に詳しい。ワタクシの持っているのは、春陽堂書店発行の山頭火文庫10「山頭火 日記(六)」。以後は、ここからの引用です。

Book 山頭火 日記〈6〉 (山頭火文庫)

著者:種田 山頭火
販売元:春陽堂書店
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この昭和11年という年は、激動の年で、日本では2.26事件が起きたり、遠いスペインでは2月に人民戦線内閣が誕生。7月にはフランコがクーデタを起こしそれに対して市民が背広姿で銃を持って闘った市民戦争が始まった年。マドリッドで、ドゥールティが亡くなったのもこの年の11月。
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(中央が、ブエナベントゥラ・ドゥルティ)

寄道しますが、ドゥルティは、スペイン市民戦争の伝説的英雄で、内戦勃発後4ヶ月たらずで、命を落とした。その死の真相は未だ明らかになっていない。彼の死をテーマにして小説にしたのが、逢坂剛。彼の「マドリード通信」という短編集のなかに「ドゥルティを殺した男」という短編が収められている。

幻のマドリード通信 Book 幻のマドリード通信

著者:逢坂 剛
販売元:文春ネスコ
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最近出た、文春文庫の「マイベストミステリー2」の中にも収められています。

マイ・ベスト・ミステリー 2 (2) (文春文庫 編 17-2) Book マイ・ベスト・ミステリー 2 (2) (文春文庫 編 17-2)

著者:逢坂 剛
販売元:文藝春秋
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阿部定が、チンポちょんぎり事件を起こしたのもこの年の5月18日。7月には、上野動物園のクロヒョウが逃げ出し大騒ぎになるなど日本も世界も騒然とした年でありました。

そんななか、山頭火は、昭和10年の暮れから『旅に出た・・・死に場所をさがしつつ』と死に場所を探す放浪の旅をすごした年でありました。

4月には東京。『ほっと月がある東京に来ている』(山頭火/4月4日)。4月7日は浅草に『浅草風景。定食八銭は安い、デンキブランはうまい、喜劇は面白い。あてもなくぶらぶらあるく。』

4月中は、東京や伊東などを往復して過ごし、5月にはいると新宿から八王子に。そして甲州をすぎて信州に。岩村田に滞在し周辺を歩く。

5月11日には軽井沢に入り、周辺を探訪しながらすごしました。『軽井沢駅前の噴水の味は忘れられない』と記しています。宿泊は、軽井沢駅前の旅館に。有名な『あるけばかっこういそげばかっこう』の句は、5月17日の日記に書かれています。

先日、ワタクシが軽井沢の「土屋写真店」で300円で購入した写真。山頭火が訪ねた昭和11年5月から3ヶ月たった8月の中仙道、旧軽井沢銀座通りの風景が写っています。現在の「どんぐり共和国」の前から撮影しています。郵便局(現観光会館)の右のアーケードのところが、今の「テニスコート」入り口。こんな風景の中を歩いていました。
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5月21日に岩村田を出発し、御代田駅まで歩く、そして沓掛まで汽車に乗り、それから歩けるだけ歩き長倉山の頂上をすぎ、「峯の茶屋」で昼飯。

浅間村牧場、北軽井沢駅を通り、「吾妻駅」から電車で草津に。運賃は、五里74銭は高いようだが、登りなのでなるほどと納得したりする。6時頃に草津に到着。「富山館」に宿をとる。一泊70銭、湯銭12銭。

山頭火が乗った「草軽電気鉄道」。この写真も、軽井沢の「土屋写真店」で300円で購入。「かぶと虫」は、四輪駆動で走り、時速は20km。一両の客車に、貨物車を連結。貨物は、草津からの硫黄を軽井沢まで運んでいた。この写真の駅は、軽井沢三笠駅。
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草津の宿の印象はというと、同宿の人は、病遍路、おとなしい老人。山頭火の草津の第一印象は悪い。『草津というところは何となくうるさい、街も湯もきたならしい、よいとこでもなさそうだ、お湯の中にどんな花が咲くか解ったものじゃない!』と手厳しい。

そして、草津最初の夜は、『熱い湯に入って二三杯ひっかけて、ライスカレーを食べて(これが宿の夕食だ、変な宿だ)ぐっすり寝た。夢は何?』という具合にすごしました。

翌、22日は、白根神社に参拝。『古風で、派手でないのがうれしい。』『何だかうるさいと思ったが、一日二日滞在しているうちに何となく好きになるから妙、しかし、何となくきたない。』という感想。

白根神社には、芭蕉の句碑も本殿の左側にある。草津温泉を発見したといわれる、日本武尊(やまとたけるのみこと)を祭る神社。みやげ店の立ち並ぶ湯滝通りから急勾配の石段を上った、温泉街を一望する丘の上にある。
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芭蕉の句碑。「夏の夜や谺に明くる下駄の音」(芭蕉)
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この句は芭蕉が元禄4年(1691年)京都嵯峨にいた門人去来の落柿舎で作られたもの。句碑は天保13年(1842年)、芭蕉の150回忌に建てられた。芭蕉は「山中・有馬・草津は扶桑の三名湯」と紹介しているそうだが、芭蕉が草津を訪れたというわけではない。山頭火は白根神社を参拝したが、日記には、芭蕉の句碑のことは、なぜか記載されていない。

芭蕉の句碑は、このほかに、湯畑から階段を登った「光泉寺」にもあります。
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「山なかや菊は手折らぬ湯の匂ひ」(芭蕉)
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句碑の文字は全く読めない。脇に草津町教育委員会の解説文が横に立っています。それには、『芭蕉句碑 草津町指定文化財 山なかや菊は手折らぬ湯の匂い 芭蕉が『奥の細道』の旅の途次、加賀の山中温泉で詠んだ名句で、山中温泉と並ぶ名湯草津温泉の効能をたたえたものと思われます。』との文章が。

湯があふれて川になっているのに喜び、山の水のつめたい美味しさ、湯の花、草津味噌を褒める。

午後には、宿のおかみさんに案内されて共同湯の「凪の湯」に入る。ここは気に入ったらしく『しづかなきれいななぎの湯というのへゆくねなるほど不便なだけしづかで、紙ぎれや綿きれがちらばっていない、しかし、ここもやっぱり特有の男女混浴だ、男一人(私に)女五人(二人はダルマ、二人は田舎娘、一人は宿のおかみさんだ)、ぶくぶく下から湧く、透き通って底の石が見える。帰途、一杯、また一杯、酔っ払っておしゃべり、それもよかろうではありませんか!ぼろぼろ どろどろ』と、気持ちよく酔っ払った山頭火の表情が思い浮かぶ。

「凪の湯」は、極楽館の近くにある。
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温泉饅頭を朝から晩まで、ただでサービスする饅頭試食攻撃饅頭屋「長寿の店」の奥にあるひっそりとした共同湯。今は、男女別です。
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お風呂は、熱い湯がふんだんに流れ、あふれている。
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とても熱い。我慢して入る。饅頭屋の親父の話では、山頭火が入ったころの風呂は、深い風呂で、砂利が底に敷いてあってそこから西の河原からの源泉が湧き出していたそうだが、その後、砂利で埋めて現在のような深さの風呂にしたそうです。
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『ちんぽこも おそそも湧いて あふれる湯』(山頭火)

この句は、山頭火が自選した俳句が収められている句集「草木塔」に収められています。山口の湯田温泉で詠んだ句ですが、草津での「凪の湯」の風景を彷彿とさせます。

山頭火句集〈1〉 (山頭火文庫) Book 山頭火句集〈1〉 (山頭火文庫)

著者:種田 山頭火
販売元:春陽堂書店
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5月23日は、雨。昨夜の泥酔を反省する。『滞在、昨夜の今朝で身心がおだやかでない。一切万落々漠々。私は何故時々泥酔するのか、泥酔しないではいられないのか。(中略)生死を生死すれば生死なし。煩悩を煩悩せずば煩悩なし。』

ワタクシも、夜、山頭火先生を偲び、先日訪れた「噴火ラーメン」に深夜、一人突入。
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ここのマスターとは顔見知りになってしまいました。なんとワタクシと同年代。メニューは、ラーメンから焼肉までと幅広い。しかし、今日もお客はいない。
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今回も、焼酎をホルモンをつまみに痛飲。
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ラーメンも食べる。昔風のさっぱりとしたラーメンで、お酒を飲んだ後のラーメンとしては美味の部類。こうして、山頭火的泥酔を敢行をしたのでありました。合掌。
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これも、山頭火の草津を体験するためでありました。天才の先人の後を追うだけでもツライ。さらに、合掌。

24日も雨。『よく降る、よく寝る、よく食べる、よく飲める、よく考える。・・・』と、草津雑詠として二句を記す。

『もめやうたへや湯けむり湯けむり』

『ふいてあふれて湯けむりの青さ澄む』

このうちの一句『もめやうたへや湯けむり湯けむり』は、道の駅に句碑がある。
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翌25日は快晴。白根山を越えて万座温泉に。行程4里(登り3里、下り1里)の距離を朝7時半から3時までかかって万座に。万座温泉では「日進館」という宿に宿泊。一泊2食で1円。

【おまけ】

草津で山頭火が泊まった「富山館」という旅館は、すでに廃業しているそうですが、その場所はどのへんにあったのか興味が沸き、調べに「草津温泉旅館協同組合」に出かけました。
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事務局の人がとても親切で、昔の資料を調べてくれて、山頭火が来た年の昭和11年11月30日発行の「天下の草津温泉」(大東京社)という小冊子を発見。

その冊子の最後に「草津温泉旅館一覧表」(昭和11年9月現在)というのが載っていました。コピーもいただきました。感謝感謝。
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それを見ると、ありましたありました。パチパチ!「新田区」(しんでんく)にある20軒の旅館のうちの一軒として「富山館」も記載されていました。 

住所が記載されていないので、詳細な場所は特定できませんでした。この当時の旅館は、風呂がある旅館のほうが少なく、「富山館」もそのような旅館のひとつでした。山頭火も「外湯」にでかけたのもそうしたわけでした。新田地区でも、20の旅館の中で「内湯」を持っていたのはたった一軒「吉野屋」という旅館だけでした。

ちなみにワタクシの定宿の「極楽館」も「泉水区」に「内湯」のある旅館として載っていました。パチパチ。

【おまけのおまけ】

その後、そうだ!「草津温泉観光協会」というのがあったなと気付き、メールで問い合わせをしたところ、な!なんと!また、親切に「富山館」があった場所を教えていただきました。

『場所は新田ではなく、上新田(現在の本町区)に富山館があったそうです。場所は、群馬銀行草津支店と大信というお食事処が入っている建物の間の細い道を入ったその周辺であったそうです。』とのこと。地図も添付してありました。

■「草津 観光・町歩きマップ

『この地図のブルーの文字「ターミナル通り」の「タ」の文字の前から地図下の「中央通り」の「央」の文字に伸びている道の右側周辺にあったそうです。』とのことです。

本当に感謝感謝であります。「草津温泉観光協会」のK様、素早く鋭いご対応本当にありがとうございました。「旅館協同組合」の方もそうですが、「温泉観光協会」の方も、親切な対応で、また、草津が好きになってしまいました。

さらに、「草津町図書館」には、草津の歴史に関する本が揃っているとのことも教えていただきました。

今度、草津に出かけた折には、「富山館」のあった場所を尋ねたいと思います。草津温泉には、100名の有名人が訪れていたとのことですので、山頭火意外にも、探検をしたいと思います。温泉もよいけれどそれにまつわる文化や歴史がいっぱいの草津は、何度訪れても奥の深い町です。感謝、感謝の合掌。

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2007年8月27日 (月)

ヨルイチ

朝刊の折込チラシに「ヨルイチ」のポスターが入っていました。そうか!今週の土曜日か。毎年、夏の夜、五日市駅から檜原街道にそって小生神社までの道沿いの商店街の店頭で和服姿の女将さんたちが、自慢の一品を並べて販売します。
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缶ビール片手に、夏の夜の一夜を、雪洞のあかりのなかぶらぶら歩くのも一興かと思います。
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その他、懐かしのボンネットバスが走り、人力車にものることができます。

■詳しくは⇒「ヨルイチ実行委員会」ホームページをご覧ください。

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2007年8月26日 (日)

五日市が生んだスター 三遊亭歌笑

五日市が生んだ大スター。落語家・三遊亭歌笑は、大正6年9月22日東京都西多摩郡五日市町生まれ。いまの黒茶屋のあったところ。本名は、高水治男

昭和12年9月に三代目三遊亭金馬の門下となって金平を名乗る。昭和17年頃三代目の三遊亭歌笑で二つ目に昇進し、このころ柳家小きん(五代目の柳家小さん)や四代目の柳亭痴楽と並んで落語会の若手三羽がらすと呼ばれた。昭和22年10月真打ち披露興業を行った。

昭和25年5月30日に、銀座6丁目の横断歩道のない場所を横断中、疾走してきた米軍のジープに轢かれ34歳の短すぎる生涯を閉じた。「爆笑王」「笑いの水爆」と呼ばれ、少年期の立川談志にも強烈な影響を与えたといわれている。
渥美清が映画「おかしな奴」、テレビ「おもろい夫婦」で歌笑役を演じている。
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「黒茶屋」の敷地内に歌笑の碑が秋川に面して立てられている。
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その碑には、渥美清の直筆による歌笑の代表作「豚の夫婦」が刻まれている。
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説明文。
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あきる野市立中央図書館では、19日まで、「あきる野市ゆかりの人々」の企画展をやっていますが、展示されている図書や映像資料が少ない。歌笑の落語や渥美清が歌笑役になった「おかしな奴」「おもろい夫婦」のDVDや「純情詩集」などがあればいいと思うのですが。地域が生んだスターの資料をきっちりと収集することも図書館の役目だと思いました。中央図書館の「デジタルアーカイブ」は、五日市憲法草案や深沢家文書などが手軽に見られて素晴らしい仕事だと思いますが、歌笑は、「ゆかりの人々写真館」に数点の写真が載るだけです。

落語名人寄席 Music 落語名人寄席

アーティスト:三遊亭歌笑(三代目) 桂春団治(初代),桂春団治(初代),三遊亭歌笑(三代目)
販売元:コロムビアミュージックエンタテインメント
発売日:2005/08/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2007年8月25日 (土)

盆掘の湧水

こんな暑い日には、爽やかな湧水でも、みなさまにプレゼントしようと、ウォーキングを。五日市駅を7:00にスタート。檜原街道を進み、黒茶屋を過ぎ、小生神社を過ぎ、沢戸橋を渡り、すぐに左側に左折して、盆堀川に沿ってテクテクテクと進むと「大日影通り」に。この坂の途中にあるのがお馴染みの「大日影の湧水」。【7:49分・5765歩・4.55km・256kcal】


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今日も、じょろじょろじゃぁじゃあと気持ちのよい湧水が勢いよく流れ出しています。ではではと、顔を洗わせていただき、その後、ゴクゴクと飲ませていただく。
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甘露。甘露。ほんとうにこの水は、甘みを感じる水。蛍じゃないけど、「こっちのみーずはあーまいよ」てな雰囲気。いつもなら、この水を汲む人で、2本の、じゃあじゃあ湧水がペットボトルで占領されているのですが、早朝のためかワタシ一人が独占。足もあらっちゃう。痺れる痺れる、足の裏がフェルビタスどころじゃない。

おっーと青年が、ペットボトルもって登場。湧水汲み初体験とのこと。「飲めるんですかね?」とか言うので、「こんな旨い水はない」ときっぱりと伝える。保健所じゃないから責任は持ちませんが・・・。

本日も、定番の俳句をひとつ。

「いれものがない 片手でうける」(青椒・万次郎)
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帰り道、「大日影通り」看板手前にも、無名の湧水が。
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もうひとつおまけで、戸倉地区まで戻り、ところどころにある、湧水の公共水道をパチリ。そして、ここでも顔を洗わせていただく。
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「喜正」の酒蔵の前から、城山のほうに坂を登ると「喜正」の酒づくりの仕込み水の源泉へ。山王様の湧水。コックを捻ると、ジョワジョワジャージャーと冷たい冷たいお水が、たっぷりと出てきます。
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さらにおまけじゃい。「光厳寺」の巨木「ヤマサクラ」。
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暑い日には、風にそよぐ巨木の葉の揺らぎをみているだけでも気持ちが落ち着きます。
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合掌。

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2007年8月24日 (金)

百日紅

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いつの日か 旅を棲みかに 百日紅 (青椒・万次郎)

偉大な俳人の「百日紅」の句は・・・

「百日紅ごくごく水を呑むばかり」(石田波郷)

「練兵の昔をいまに百日紅」(山頭火)

「炎天の地上花あり百日紅」(高浜虚子)

「朝雲の故なくかなし百日紅」(水原秋桜子)

「百日紅園児眠りの刻来たる」(飯田龍太)

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2007年8月23日 (木)

涼しい涼しい沢の水

「数馬の湯」の駐車場の奥に、じょろじょろじょろじょろと勢いの良い沢の水が引かれていて、冷たくて気持ち言い夜ぉーと聞いたので、手作り美味パン「たなごころ」から一路、「数馬の湯」へ。車だと数分の距離。

駐車場の奥を覗くとありましたありました。じょろじょろじょーの沢水が。ほんとうに冷たくて、活き良いがよすぎます。
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つめてぇ、冷てぇ。アタマから水をかぶると、てっ頂からぎんぎんぎん。アタマが痛くなるほど。手をつけているだけで爽快快感ぶるりぶるり。いっちゃいそう。

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なにやら由来まであります。「四賢者の水」。ほんとかよー。アタマがよくなんのかよ。えっ飲んじゃった。なに!沸かして飲めとぉーー。先に言ってください。でも、この四人は、地域の人にはも「しっししっし」とか言って飲ませなかったのかねぇ。自分だけが賢者になっても賢者じゃないから「四馬鹿の水」としたほうが真実味があって逆にありがたいのでないでしょうか。そんなことはないか。こんなことを考えるのは、ワタクシ1名「一阿保の水」ですね。「一握の砂」に感じが似ている!!勝利かも。阿保やがなぁーー。と大阪人Kに言われそう。
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ここには、柄杓が2つも用意されています。銀でも金でもなく、ただのアルマイトの柄杓ですが。こういう入れものがあるとこまるのよね。俳句が。

しょうがないから、一句。「いれものがある 片手でもつ」(青椒・万次郎)
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きまらないので、やっぱり片手でうけることに。

「いれものがない 片手でうける」(青椒・万次郎)
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しかし、それにしても活き良いが良い。うらやましい勢いですね。冷たくて気持ち言いよぉ。合掌。

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2007年8月22日 (水)

どこでもドア

むつみ橋通りの油平の信号を福生方面に行ったセブンイレブンの手前の空き地に随分前からある「ドア」。
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お散歩マニア | Olivemap

このドアを潜ると、異次元に行ってしまうという伝説があると聞く。鳥たちが、このドアに入ったとたん、向こう側に出てこなかったという目撃談も聞いたような気がする。(ないかな)

用を足しに入った男の人が、消えてしまったという噂もある。(ないよな)

噂の真相を探る勇気のある人は、一度、ドアを潜ってみてください。ワタクシは、それまでの勇気がありません。

すでに、アタマがあっちの世界に行っちゃっている人は、あんまり効果はないか。そうじゃなくて、こっちの世界にもどってくるのかな。まあ、いいやどっちでも。暑苦しい展開だな。合掌。

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2007年8月21日 (火)

ヨコタ友好祭り!?

東秋留駅前で発見した「横田基地友好祭」のポスター。米軍基地ヨコタを日本一般市民に開放する日。前は、アメリカの独立記念日の7月3日だかにやっていましたが、最近は、8月に開催しているようだ。

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パスポートもビザもいらないで、しかも、歩いてアメリカに入国出来ると言う訳です。中に入ると、人殺しの兵器たちが平気な顔をして陳列してあります。ギャラクシーやスターリフター、C130などの輸送機乗れたりしました。

ワタクシは、小学校3年の時に、叔父のツトムに連れられて、初めてアメリカという奴を体験しました。

コカ・コーラ、手作りのビックなハンバーガー、将校の奥さんたちの手作りの甘い甘いチョコレートケーキ。なんて旨いんだろうと体中で感じた記憶が、まだ残っています。アメリカのアニメ、アメリカの音楽、アメリカの映画、アメリカのファッション、そしてアメリカの食い物で育てられたワタクシたちは、アメリカ人よりアメリカ人なのかもしれない。いったい、そんなワタクシタチノ世代は、どこにいくのだろう。

ディランじゃないが、答えは「風のなか」かもしれないね。でも、これも「アメリカかぁ」的ですね。せめて、合掌の心を深めようかしら・・・。

それとも「エンヤトット」に行っちゃった岡林信康先生を学ぼうかな。9月には八王子市民会館でコンサートもやるみたい。行こうか迷ってます。⇒しかし、ヨコタ友好祭が岡林に展開するこのキレが素敵だと、みんなから言われます。(実は、誰も言ってくれない。呆れてる。)

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アーティスト:岡林信康
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「横田基地友好祭・FRIENDSHIP FESTIVAL 2007」の公式ホームページ。

昨年のレポートがのっているホームページ。

やっぱり2006年のレポート。写真が盛りだくさん。

非友好的な人もいるんだろうな。そんな人は、入国拒否か強制送還か行方不明になるかもしれません。

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2007年8月20日 (月)

巨樹を訊ねてウォーキング 東秋留方面

「隣市民」さんのお言葉に誘発されて、五柱神社の巨大杉を見てから、巨樹にはまりつつあります。ホームページ見つけた「東京の樹」を参考にしながら、東秋留方面の巨樹探検に行ってきました。五日市駅からの手軽な距離のウォーキングルートになります。

武蔵五日市駅発8:00発。五日市街道を東進。秋川沿いを下るのもいいですが、本日は、五日市街道に沿って進む。熱くて暑くて水の補給をしながら進もうと、コンビニを給水ポイントに進む。(このあたりの発想が凄いという声があがる。あがらないかぁ。)

まんず、増戸のセブンイレブンで、クリスタルカイザー水110円を購入。次は、むつみ橋通りのファミリーマートで、ビタミン水を購入。南秋留小入口先のローソンで水を購入。

あんまりの暑さなので、飲む水がすぐに汗になって流れ落ちる。

雨間の信号を過ぎ、「いなげや」の対面を秋川方面に下ると地蔵院に。【9:32分・9293歩・7.34km・416kcal】
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地蔵院は、本尊が地蔵菩薩。1221年承久3年創建。臨済宗建長寺派の寺。門から本堂につづく石畳の道が涼しい。本堂の右に池。
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本堂の前に看板が。板碑が民俗文化財として指定を受けているほか、境内の「カヤ」の木と「なんじゃもんじゃ」の木が市の天然記念物となっている。
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門の右側にそびえるのが、「カヤ」の木。3株立ちのカヤの木というのは、珍しいらしい。
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地蔵様や祠が雰囲気を作っている。
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本堂の裏に廻る。墓地の先に枝をひろげた「カゴノキ」の巨木が。回ったら、全然関係ないけど尊敬する尾崎放哉の句を思い浮かべてしまった。
『墓のうらに廻る』(尾崎放哉/「層雲」大正15年四月号)
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「カゴノキ」は、クスノキ科の常緑高木。樹皮が点々と剥がれる性質があり、はがれた模様が、鹿の子の肌と同じようなことから、鹿の子=カゴノキといわれるようになったそうです。また地元では、この木がなんの木かよくわからなかったので「ナンジャモンジャ」の木と呼ばれています。
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随分、勉強になるプログですが、看板に書いてありました。合掌。
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さて次の巨木へ。むつみ橋通りにもどり、東秋留駅を越えて北口に。二宮神社の下を通り五日市街道の「二宮神社入口」信号を横断。
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そのまま細道を直進すると左側に「玉泉寺」に。【10:06分・12528歩・9.89km・562kcal】
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玉泉寺は、秋川流域では2寺しかない、天台宗の寺。もうひとつの天台宗の寺は、玉泉寺の南方近く、東秋留橋の「西光寺」。本尊は、どちらも阿弥陀如来。

『戦前までは、「お十夜の寺」として毎年10月13日から15日まで大きな縁日がたち、「鉦はり念仏」と呼ばれる大変珍しい行事が講中によって行われ、流域の念仏信仰の中心的な役割を果たしていた。』(「無漏西遊・秋川流域の寺々」より)

境内には、地元の早川醤油で使われていた醤油樽に恵比寿像が安置されている。
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神社の左側に「エノキ」が聳える。寺の横に看板が。
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地蔵様は、毛糸の帽子と毛糸の前掛けでちょっと熱中症ぎみ。
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墓地を登ったところに巨木が待ち構える。
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境内には、ほかに市名木・巨木百選のアカマツ、モミ、モミジなども生い茂っている。

玉泉寺を後に来た路を戻り東秋留駅に向かう。途中、二宮神社したの「お池」に挨拶。いつものように、雨乞いお兄さんがぴーひゃらぴーひゃらしています。巨大な亀たちが、急いで水の中に。波紋がひろがる。
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鴨やコイたちは、外のバカ暑さもなんのその、ぴーひゃらリズムでゆったりと気持ちよさそうに遊んでいます。飛び込んじゃおうかと思いましたが、対岸で、同じような思いで水面を真剣に見つめている少年がひとりいたのでやめました。
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東秋留駅発10:20分の武蔵五日市行きで帰宅方向に。電車が来た。げげげげ。マンインダァ。少年男男、青年男女、老年男女、団塊男女が大量に乗っている。秋川駅で大半が下車。サマーランド的服装が多かったのでサマーランドだな。金がなさそうな、高校生もてない風オトコだけ四人組は、うらやましそうに、ちゃらんちゃらん姉ちゃんたちの後姿を見送っておりました。合掌。これも青春だ。

最近のマイブーム巨樹めぐりをしていて、巨木たちの肌に触れると、なんかパワーが伝わってきます。でも、くそ暑さのためか、本日の巨木パワーは、少し、でれっとしてたような感じがしました。巨樹にめざめさせていただいた「隣市民」さまに感謝。

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2007年8月19日 (日)

ありがたいお言葉

五日市・伊奈の正一位岩走神社は、ウォーキングしているときに通りかかると必ず、参拝をします。
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手水鉢で手と口を漱ぎ、タオルを首から外し、鳥居前で一礼。拝殿までの参道も真ん中を通らず、端を歩く。賽銭箱にそっと10円玉を入れる。鈴を2回ならす。紐を下にひく様に鳴らすのがコツ。次に、ぺこりぺこり、ぱちぱち、ほぺこり。ぱちぱちするときのコツというかカッコいいぱちりの仕方は、両手を合わせ、右手を下にちょっとずらしてから、ぱちり、ぱちりするのであります。このぱちりぱちりで神様とのコンタクトが始まります。

この神社にお願い事をするとかなりの確立で、願いが叶います。子供たちの受験では、希望校100%です。お礼の参拝も忘れずにすることと、柏手の正しい打ち方をして、神様のとのコンタクトができてから、お願いをするのがコツです。(コツなんていうと神様に怒られそう。)

そして、この拝殿の壁に、「お言葉」のポスターが月ごとに貼りかえられます。なかなか考えさせるお言葉が多いので、楽しみにしています。
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8月のお言葉は、「百里をいくものは、九十を半とす。」でありました。なかなかであります。合掌んじゃなくて、ぺこりぺこりでありました。

毎年9月の中旬に行われる神社の大祭は、伝統的な姿を継承していて格式が高い。祭囃子も「重松流祭囃子」として有名らしい。

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2007年8月18日 (土)

美晴さんランナウェイ

「本の雑誌」の第二回酒飲み書店員が選ぶオモシロ本の一位にランクされた山本幸久の新刊本。主人公は、27歳独身の叔母さん居候まあ美人。この美晴さんは、自分のリズムで、生きているから会社のリズムや社会のリズムとはちょっとテンポが違って、大きな「正しい」リズムに踊れといわれたりそんな圧力を感じると、逃げちゃっていた人なのです。そんな美晴さんの職場は近所の古本屋の店番。

美晴さんに「好きな人が」できたらしい。小学校、中学校などの卒業式やら、母の葬式までランナウェイしていた美晴さんは・・・。

人間の悪い性で、こんなにくそ暑くなってしまった日本の正しくない夏の夜に、ぐだぐだの精神力で読める真夏向きのだらだらオモロイ本です。美晴さんみたいな人が、いっぱいいたら、優しい、楽しい日本になっていたのに。いまからでも遅くありませんから、世代交代世代やリストラ予備軍世代、疲れちゃった、みなさまは、美晴リズムで行きましょう。

美晴さんランナウェイ Book 美晴さんランナウェイ

著者:山本 幸久
販売元:集英社
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真面目な人は読まないでください。論争が始まったりするのは、美晴さんリズムじゅないから。うざったいし。じゃあね。

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