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2008年1月

2008年1月31日 (木)

私の男 桜庭一樹

直木賞を受賞した桜庭一樹さんの受賞本。「私の男」。

私の男 Book 私の男

著者:桜庭 一樹
販売元:文藝春秋
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キャッチコピーは「ずっと離さない、離れない、逃れられない。堕ちていく幸福――」。 テーマが娘と養父との愛。テーマがテーマだけれど、風景の描き方、言葉の使いかた、細やかな情感を描写する小説力が圧倒的。いやな感じだけど、怖いものみたさにどどんどんどんどん引き込まれて、あっと言う間に読了してしまいました。こんな哀しい時代だから、時代の雰囲気を表現するのに「血」というテーマが必要だったのかもしれない。それにしても、凄い作家が出てきたもんだ。芥川龍之介は「漠然とした不安」を感じて自殺を選択しましたが、桜庭一樹さんは、時代とちゃんと向き合って、小説にしちゃいました。合掌。

読まないと分からないから興味アルヒトはどうぞ。表紙の絵もいいですね。マルレーネ・デュマスの「Couple」。

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2008年1月30日 (水)

秋川渓谷夜明け歩き ウォーキング

あきる野市では夏になると恒例のウォーキング大会が行われていました。「秋川渓谷夜明け歩き大会」。平成13年で終了してしまいましたが、毎年、数千人の人々が秋留台公園に集まり、いくつかのコースを選択して、夜中から夜明けまで秋川に沿って歩いたものです。

今年のワタクシのチャレンジ目標である「100kmウォーキング大会参加」の練習として気がついたのがこの「秋川渓谷夜明け歩き」のコース。ちゃんとした大会だから、ちゃんと距離も真面目に測ったのではないかと気がついたのであります。(頭力はアルネ。)

ロングコースは40kmコースがありました。その後30kmコースに変わりました。ということは40kmコースと30kmコースがあるのであります。とりあえず、30kmにチャレンジ。出発、ゴールは秋留台公園の周回コースなので、コース上たどればどこを出発点にしてもいいわけであります。ワタクシの場合は武蔵五日市駅をスタート&ゴール地点に設定。(合理的だね。)

コースの概要は、40kmが秋留台公園から檜原村の旧役場の折り返し。30kmが十里木の駐車場が折り返し。

7:30分に駅をスタート。歩いたのは先週の日曜日(1月20日)。
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檜原街道を一路、檜原方面に進む。旧沢度橋を渡り、戸倉地区内を行き、十里木に。【8:14分・5600歩・244kcal・4.33km】十里木の三叉路を右に、養沢方面に少し行った左側が駐車場になっていてここが30kmコースの折り返し地点だった所。トイレもあるので小休止。対岸が「瀬音の湯」。
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ここで折り返して、来た道を戻る。どんどん戻る。下り坂なのでここで、時間をかせぐ。

途中、五日市駅前の山猫亭ご主人のブログ「五日市最新情報」でも載っていた陶器屋「村山」の朝市を覗き、隣の「青木屋」を通りかかったら青木社長さんから声がかかる。青木屋さんは、燃料を取り扱っているお店ですが、社長の趣味が高じて店内は、古時計たちが溢れています。これを見るだけでも価値があります。
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「石けん買ってけよぉー」とのこと。青木さんに言われちゃあ買わなきゃいけないな。ということで、ローズヒップ入りのモノを1個購入。今日は、バックも持っていないのでポケットに突っ込んで歩く。なんとなく心を落ち着かせる香が、左のポケットから漂う。販売している女性は、最近、五日市に越してきたらしい。社長もワタクシも綺麗な女性には弱い。時間をロスしたので急ぐ。
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五日市駅を過ぎ、五日市街道を東進。
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山田交差点を右折し、山田大橋を渡りサマーランド通りに沿って進む。サマーランドでは、ちょうど「フリーマーケット」を開催中。ちらっと覗く。
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サマーランド交差点を渡り、いきいきセンターに到着。【10:26分・19557歩・844kcal・15.8km】
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近くの雨武主神社の湧水池は薄氷がはっていました。ここで小休止。昔の大会の時には、いろんなところでボランティアの人たちが麦茶を入れてくれたり、お菓子をいただいたりで和気藹々の大会でもありました。
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東秋留橋、雨間交差点、東秋留小学校、東秋留駅踏切、二宮派出所、市民体育館信号を過ぎて秋留台公園に入る。【11:08分・24261歩・1049kcal・19.65km】トイレと自動販売機で、暖かいココアの缶飲料を購入。
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公園を出て、あすなろ保育園、南小宮橋、珠陽院前交差点、瀬戸岡交差点、下平井交差点、上平井交差点、秋川農協日の出支店、諏訪下橋、かやくぼ、旧日の出町役場前、大久野中学校を過ぎて武蔵五日市駅がゴール。(公園を出てからは、疲労が頭にきたためか、頭力が弱くなり、ただ歩くだけでありました。合掌。)

万歩計の数字は、12:34分・33966歩・1462kcal・27.57kmでありました。5時間かかったわけなので時速約6kmということになります。

なんと、平成13年の大会の時の完歩証に書いてあるメモを見たら、その時の記録は【4時間1分11秒・38294歩・1518kcal】とありました。そして順位が8位。ジャンジャン。おおっぉ時速約7kmという青春のスピードでありました。歩数も少ないので、ストライドが長かったのでありますね。うぅぅん。合掌。
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「秋川渓谷夜明け歩き大会」がなくなってしまったのはとても寂しい。多分、コストがかかったので「もういいかげんにやめようや」ということでなくなってしまったのでしょう。多分、復活は無理だと思いますので、好きな方は「そっとあるいちゃおうか秋川渓谷夜明けウォーキング大会」を自主的に開催して歩いてみたらいかがでしょうか。特に、夏の梅雨が上がってからの季節がいいと思います。

ワタクシも、「なにげなくあるこうかな秋川渓谷夜明けウォーキング大会」の40kmに今度、そっとチャレンジします。一人でやる場合にも、「完歩証」や「折り返し証」つくろうと思います。ゼッケンは一人で「000」をつけて歩いていても「・・・なんだぺぇ あのにいちゃんは・・」とか云われるので止めます。合掌。

昔の40kmの完歩証。
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昔のゼッケン。
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昔の折り返し証。
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2008年1月29日 (火)

八王子湧水 その三 子安神社明神様の泉

そうだ湧水に行こう。いつものウォーキングのスタート地点、武蔵五日市駅に向かいながら閃いた。八王子で一箇所行っていないところがあった。子安神社。よぉし行くぞと発作的目的みつけ行くぞ隊は、精鋭一名で秋川街道を八王子目指して進むのでありました。

秋川街道は、昔はいま以上に活用されていた街道で、五日市へ入る主要な街道でもあったのでしょう。

「竹林の店」の竹林には「眠り猫」が。

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その隣には、「眠りヌードル」が。

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そして、「眠りコーン」くんも熟睡。

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既に、眠りの世界の人は、永遠元気そう。逃げないけど遠い世界に・・・。合掌。
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「眠りカフェ」。この街道は、道端にゴミやら、遠い世界やらが垣間見えて、なかなか飽きない「飽きない街道」。トンネルは、「新小峰トンネル」。全長636mを抜けると「八王子」。

右に曲がると「今熊山」へ進む。今熊山からは、戸倉や五日市へ進むお手軽なハイキングルート。名前のように「熊」が出そうなので、街道を直進。

ずっと進むと、「上川町東部会館」が見えてくる。この会館の玄関横にあるのが「幻境」の碑。北村透谷が地元の名士・秋山国三郎を慕い4回も訪れたことを記念して建てられた碑。
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裏面に回ると五日市憲法にも縁の深い、色川大吉氏の撰文が書かれている。

ここ南多摩郡川口村字森下は明治の天才詩人北村透谷がわが希望の故郷と呼び秋山国三郎翁を慕い四度訪れし幻境の地なり。
「我が幻境は彼あるによりて幻境なりしなり。世に知られず、人に重んぜられざるも胸中に万里の風月を蓄え、綽々余生を養ふ、この老侠骨に会わんとする我が得意はいかばかりなりしぞ」(明治二十五年透谷「三日幻境」より)
竜子、秋山国三郎は多摩の名望家屈指の文人なり。演芸、刀剣、俳諧の道に通じ、進取自由の思想を愛し、秋山文太郎、秋山林太郎、小谷田元一、斉藤虎太、尾津良作、小野内蔵太、大矢正夫らを薫陶し其の志を伸ばしむ。義太夫の門人また百を下らず。その侠気・高風敬慕する者甚だ多し、よって後進相集い、永く翁の人徳を顕彰せんとす。

昭和五十二年五月十五日

撰文 歴史学者 色川大吉
揮毫        奥住忠一

秋山文太郎と大矢正夫は、五日市の勧能学校の教員でもあり、五日市憲法起草者の千葉卓三郎も川口にある学校の教員をしてから五日市の学校の教員になったことから、川口から五日市を結ぶ、明治10年代の秋川街道は、新しい社会の枠組みを模索する熱い人々が行き来した日本でもとても熱い道だったのでしょうね。

そんな地域の梁山泊の役割をしていた秋山国三郎さんの墓は、この碑から北東の真言宗豊山派・熊野山 圓福寺にあります。
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秋川街道を進み、中央高速道路をくぐって、高速道路に沿って進むと目指す「子安神社」に。地元の人からは「中野の明神様」と親しまれている神社。下側の境内には泉が湧きだしています。 この泉は“明神様の泉”と呼ばれ飲めば病気に治るということで,かつては参拝客でにぎわったそうです。【11:39分・17719歩・751kcal・14.37km】
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神社の本殿の横に「困民党の碑」があります。裏の碑文には
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民衆史蹟 困民党之碑 多摩北部困民党集結の地

明治十四年の松方デフレ政策により、農村は疲弊し農民は生活の途を失った。
かれらは各地で困民党を結成し決起していった。明治十七年九月五日塩野倉之助、小池吉教を指導者として多摩の農民二百十余名は蓑傘をつけここ西中野子安神社の森に結集した。
困民党はさらに武蔵相模の百五十箇村が結集し武相困民党へと大きく展開していった。

千九八十五年一月            困民党の碑を建てる会

神社の下には湧水が池をつくり、小川になって流れ出している。
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石垣の間から湧出する水はとても元気がいい。じゃわじゃわ。
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ペットボトルで水を汲んでいるおじいさんがいてたので、「飲めますか?」と聞くと「あぁ そのまま飲める」というのですが・・・。飲みませんでした。

「歴史と浪漫の散歩道 -八王子市文化財ガイドブック-」 
編集・発行:八王子市教育委員会,社会教育部社会教育課
八王子ガイドマップ
発行:八王子市 企画・編集:八王子市広報課広報係

神社の近くにバス停があったので、ここから八王子駅まで乗り、八高線経由で武蔵五日市まで。ちょっとした旅でありました。

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2008年1月28日 (月)

三浦しをん 仏果を得ず

いいね。三浦しをん。新作「仏果を得ず」。この本の前のお勧め本「風が強く吹いている」は、箱根駅伝を舞台にしたものでしたが、今回は、文楽。研修所を卒業した健くんが、師匠の銀太夫、相方の三味線の兎一郎、小学生のミラ、母親で彼女の真智さんたち一風変わっているけど、個性づよい人、いいひとたちのなかで、一途に文楽しちゃうという物語。

三浦しをんの小説の旨さは、三度三度の和定食みたいなしっかりとした優しい味が特徴。最終章はなんとなくわかってしまうのですが、読んでしまう、泣いてしまうという職人技。今回も、いきなり43頁で涙し、最後の最後でもさわやかに泣かせてくれました。

284ページ、1500円は安い。この本も、通勤電車眠らずに御茶ノ水まで読んでしまった「通勤快読」のぱちぱちおススメ本です。

文楽」にも興味がわきました。早速、見に行かなくちゃ。これだから、人生は忙しくて、仕事しているひまはあんまりないな。

仏果を得ず Book 仏果を得ず

著者:三浦 しをん
販売元:双葉社
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風が強く吹いている Book 風が強く吹いている

著者:三浦 しをん
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2008年1月25日 (金)

藤太軒

日の出町・大久野中学校の近くにあるポスター。

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なかなかなかのコピー。洗ってもらおうかという気になるから不思議。藤太軒は、近所の人が代々通っ床屋。ワタクシも中学生まで通いました。昔ながらの、大きな鏡、床屋のどっしりした椅子。顔を当たるときのヒゲソリをしゅっしゅと研ぐ、皮の帯などが印象的。
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名前の由来になったのは、近くにある史跡「藤太橋」からなのでしょうか。
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おっ!なんだ「藤太軒」のホームページがありました。おっつつ!ブログもあった。合掌。

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2008年1月23日 (水)

顔・・・?

五日市郷土館の裏の道端で出会った「顔・・・?」。

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ちっと鼻毛が伸びすぎているのが気になります。合掌。

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2008年1月21日 (月)

五日市 お寺 ベスト3

今日のウォーキング・テーマは五日市地区のお寺。五日市仏教会発行の「秋川流域の寺々 無漏西遊」に記載されている五日市地区・9ケ寺からワタクシ独断で選んだベスト3寺を巡るウォーキング。名づけて「五日市ベスト3寺ウォーク」。

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ガードレールも朝霜で冷たい冷たいよと呟いている中、精鋭1名は、ヤンキースのマークの入った毛糸の帽子と手袋の完全武装で、武蔵五日市駅から五日市街道を東進。下館谷の十字路を右折するとすぐに「正光寺」。ここは、この地区唯一の「時宗」の寺なのでベストに。正式名称は「金玉山 根本院 正光寺」。「金玉」という、ずばっとした名前が有難い。
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■金玉山 根本院 正光寺 の沿革(お寺の案内看板より)

秋川流域で唯一、浄土教の流れを汲む時宗寺院である当山は、嘉元三年(1305)遊行二祖阿眞教上人が当地に巡化の際開創されたものと伝えられている。元は八王子川口町にある河口山法蓮寺(嘉元二年開山)の末寺だったが、現在は総本山清浄光寺(遊行寺)に属する。

このお寺の宗旨

名前 「時宗」
宗祖 証誠大師 一遍上人(智眞)
開宗 鎌倉期(1274年)
本山 清浄光寺(遊行寺)神奈川県藤沢市
本尊 「阿弥陀仏」を本尊に仰ぐ
称名 南無阿弥陀仏
教義 大慈悲の阿弥陀仏におまかせする只今のお念仏が一番大事なことです。家業につとめはげ゜み むつみあって只今の一瞬にに充たされるなら人の世は正しく生かされて明るさを増し皆供に健やかに長寿を保つことになります 浄土への道はそこに開かれるとする教えです
お経 無量寿経 観無量寿経 阿弥陀経 六時礼賛などのお経を読経いたします

なかなか丁寧な看板であります。しかも、いつ行っても人影がない静かなお寺。本堂の庫裏の前には「極楽水」という名前の湧き水らしきものもあります。

寺の前を右に道なりに進むと高尾橋で秋川を渡る。坂を上りきったところが「真言宗豊山派 宝生山 明王院 大光寺」。ここは、五日市地区で唯一の真言宗の寺なのでベストに。入り口には、ちゃんと空海上人がお出迎え。
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■真言宗豊山派 宝生山 明王院 大光寺(お寺の看板から)

本尊       十一面観世音菩薩
真言宗の本尊 大日如来
宗祖       弘法大師(空海上人)
中興の祖    興教大師(覚鍰上人)
豊山派祖    専誉僧正
教義の大要   仏果を即身に証得し、仏園をこの世に開顕する
称名       南無遍照金剛
総本山      奈良県 豊山 長谷寺
勤行経典    理趣教・観音経・般若心経・光明真言など
当山の創建   文亀二年(1502)当高尾村領主平山氏の祈願寺として不動尊を安  置し明王院と称したが下って平山氏の後裔が十一面観音を本尊とし、不動尊を鎮守として大光密寺と号した。

ここも説明が、きちんと書かれていて好感が持てるが、難しい字でパソコンで打ち出すには難しい。意味もよく分かんない。弘法大師くらいは、知っているが、そのたの上人だか僧正もよく分からない。自民党みたいに「派」という言葉が、なんとなく違和感があるな。
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ここの本尊の「十一面観音」は、なーんと住職が一世一度だけ拝せるほかは開扉されない秘仏ということです。本堂外陣の欄間は文政九年の作で「欄間の大光寺」と評される逸品だということだけど、見られない。

しかたがないので、四国八十八箇所の本尊の前の「お砂」を埋めたという「仏足石」に足を乗せて合掌。この足型も「大和 薬師寺」の「仏足石拓本より模写縮小した仏様の足型なのでありました。いいことあるかな。
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お地蔵様たちの見送りを受け、小和田方面に。この寺の前から小和田方面に通じる道が、「古甲州街道」。
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小和田地区の秋川右岸に沿った道は、古道の面影が残る。地蔵様も朝日を浴びてうとうとと気持ちよさそう。
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小和田の公衆トイレには、律儀な張り紙が。汚してはいけないよ。
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佳月橋で秋川を渡る。
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古甲州街道は、左岸を進み、黒茶屋の庭まで続く。ワタクシは、橋を渡り、右手に。少し進むと左手に大きな寺が。「臨済宗建長寺派 鳳凰山 玉林寺」。
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この寺は、五日市地区断トツ多数派宗派の臨済宗・建長寺派で一番古い創建の寺なのでベストに。創建が南北朝時代暦応二年(1339)。これに続くのが広徳寺。戸倉の光厳寺の末寺で御朱印十五石五斗の寺領を賜っていた。

この寺には、説明の看板が無いので「無漏西遊」から抜粋。

■臨済宗建長寺派 鳳凰山 玉林寺

開基は、実際院殿心解了脱大居士・玉麟寺殿瑞應祥公大禅定尼で、天正時代小田原北条家の旗下当国檜原城主平山新左衛門氏重である。開山は幻住派の祖中国中峰明本より嗣法・明叟斉哲禅師で、貞和三年(1347)洛北真如寺にて円寂。

本堂の内陣天井絵四十八枚一組は、草木花鳥と竜を描いたもの。市指定文化財で増戸の大悲願寺の山門の絵を描いた藤原善信さんの筆による。これも気軽に見られない。

各、お寺の紹介も、結構専門的&難しい言葉が並んでいるのでちょっと意味がよく分からないのがおおいですね。閉鎖的な感じで、あんまり人に広めたいとは思っていないんじゃないかと思ってしまうのが五日市のお寺なのかもしれない。

そんななかで、番外でお勧めなのが、金比羅の麓、北寒寺にある無住の寺「臨済宗建長寺派 佛頂山 楞厳寺(りょうごんじ)」。文明八年(1476)の創建。
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本尊の薬師如来は創建当時のもので気品があり簡素な仏像。そして、現在のお堂は、享保十八年(1733)に建てられた薬師堂が本堂として残っているもの。270年もたつ風格のある建物。この江戸風の建物を飾る彫刻がいい。
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無住の寺なので、気軽に境内に入れるし、彫刻も間近に見られるのがいいですね。秋川流域には、たくさんのお寺がありますので、ウォーキングポイントに設定して散歩するのもいいですね。ガイドブックに「無漏西遊」というよい本もありますので。

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2008年1月20日 (日)

第28回青梅マラソンコースを歩く会

地域新聞「西の風」で見つけた「第28回青梅マラソンコースを歩く会」の申し込みをしてきました。

■第28回青梅マラソンコースを歩く会

●コース:奥多摩町立古里小学校→青梅市総合体育館(17km)
●日 時:2008年3月2日(日)雨天決行
●参加費:1000円
●募集人:先着3000人
●問い合わせ先:青梅市体育協会事務局(電話:0428-22-0827)

ちなみに、受付したときにもらったワタクシのゼッケン番号は、「19x」でありました。3月2日にお会いしましょう。合掌。

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2008年1月19日 (土)

駒形どぜう

老舗・浅草の「駒形どぜう」に。
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一階の入れ込みの座敷で、ここの定番の酒「ふりそで」を飲みながら、どぜう鍋にねぎをあふれるほど入れ、それをつまみに食すのが好きで、季節ごとに訪れます。
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あとのお気に入りは「くじら」。さらしくじらは、さっぱりとして日本酒に合う美味。
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いつもは、くじら汁を啜りながら、「ふりそで」を飲むのですが、本日は、「いかだ」とか「どぜう入りたまご焼き」なんかをつまみにのみました。
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この店で飲める酒が京都・伏見、向島酒造の「婦里袖」。福井杜氏が仕込む福井・五百万石を原料にした酒。この酒は、ここのどぜうの鍋の味にぴったり。やや甘めの飲み口ですが、どぜうの味をすっと洗い流して、すっきりとさせてくれる。また、「駒形どぜう」オリジナルの「ふり袖たれ口」は、絞りたて原酒で枡と四合瓶で出されるここだけのお酒。価格は、普通の本醸造より、ちょっと高めですが、より上品な飲み口の酒。四合瓶はあっという間になくなります。
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ここのもうひとつのお気に入りは、アルバイトのような若い女性たちの対応が初々しくて素直で気持ちがいいこと。創業も二百年を越える店になると、勘違いで、年増の女中があたりまえのような顔をして仕切るようになったり、店の好みを客に押し付けたりするですが、この店にはそんな雰囲気がないのがうれしい。酔っ払いの親父の冗談もさらりと流して聞いたりしてなかなかのお店。

さぁて、仕上げは、「神谷バー」までぶらぶら歩いて、黒生と電気ブランで仕上げですね。合掌。
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小学館文庫から五代目の駒形どぜう主人、越後屋助七さんが書いた「駒形どぜう噺」という本も出ています。

駒形どぜう噺 Book 駒形どぜう噺

著者:五代目越後屋助七
販売元:小学館
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2008年1月17日 (木)

二ツ塚ウォーキング

先日の休日に「青梅だるま祭り」があるというので、歩いて青梅まで。どうせなら旧鎌倉街道を行こうと、昔の二ツ塚峠まで登り、そこから天祖神社に降りるコースを選択。9時30分スタート。

玉の内から旧道を行く。採石場の横を通って上ると秋川街道と合流。
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横切って、旧道を進む。看板も横たわって寂しい。
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ごみ処分場の鉄柵が続く細道を上る。道は、沢のよう。
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上りきったところが旧二ツ塚峠。【10:19分・6226歩・257kcal・5.04km】
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道標と二ツ塚の由来が書いてある看板が。
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母子を供養する石の塚が二つならんでいる。この二つの塚が、峠の名前の由来になった。一人だと、ちょっと怖いような場所。
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峠をまっすぐに下りしばらく行くと、吉野街道に降りる道と天祖神社への道の分岐に。標識に沿って進む。落ち葉の道が気持ちいい。霊園やススキの広大な原っぱを右手に見ながら進む。道標が整備されているのでわかり易い道筋が続く。
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20分ほどで神社に。【10:57分・9206歩・383kca・7.45km】
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「ぺこりぺこり、ぱちぱち、お願い、ぺこり」とご挨拶をして、神社の長いながい階段を下ると秋川街道に。右、青梅方面に進むとすぐに、「壷草苑」に到着。
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藍染の作業を見学。ここは、いつ来ても、とてもフレンドリーな対応なので気分がいい。
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ショールームには、ここで染めた服や帽子などが並んでいる。前に、鯉のぼりが欲しかったのであります。
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入口には、壷の形をしたステンドガラス。
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「壷草苑」を出て、すぐの信号を右に入ると「ホットマン」のタオル工場と出来立てタオルのショールームが。この工場では、年に数回「感謝祭」が行われ、タオルがとてもお買い得価格で販売されます。ワタクシのウォーキング時のタオルは、ここで購入してストックしておくスポーツタオル。いろんな色があり、「感謝祭」の価格が凄くお買い得なのであります。さすがホットマンだけあって、使えば使うほど肌触りがよくなるお気に入りモノです。
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工場の前には、「ホットマン」直営の手作りパンとケーキのお店が。コーヒーも飲めますよ。
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小休止のあと、青梅駅まで。「だるま市」は、まだ準備中。駅前に飾られた明星大学の学生が作った大達磨をパチリ。その後、青梅街道を東進して河辺の駅まで歩く。
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目指すは、駅前の温泉「河辺温泉 梅の湯」。昨年の秋に出来た温泉で、噂には聞いていたのですが、今回初めて挑戦。駅前の新しいビルの5階が温泉。隣の西友のビルとも連絡通路でつながっている。入口で、靴を靴箱に入れ、受付に。会員になると1年間入浴料金が安くなりますよ。ということで、手続きを。会員入会料金が210円。会員登録をして通常入浴料840円が735円になりました。
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室内には、ジェットバスやらサウナなどいくつかの種類の風呂がある。冷え切った体には、いちばんのご馳走。気に入ったのは、露天の風呂たち。広々とした屋外に、ここも複数の湯船があり、溢れるばかりの温泉で、気分がいい。のったりのったりと風呂を渡り歩く。ここが、ビルの5階とは思えない。たまたまなのか、人もそんなにおらず、これもいい気持ち。
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たっぷりの湯があふれて気分と体があたたまる。山頭火の句を思い出す。

『ちんぽこもおそそも沸いてあふるる湯』 山頭火

山頭火は、托鉢の後、温泉に入るのがとても好きな人だったらしく、温泉の句はたくさんあります。ワタクシも山頭火先生に習って、ウォーキングコースは、終着点に温泉があるようにコースを設定している。西多摩には、最近、日帰りの温泉施設が各所に出来て、そんなウォーカーにはとてもよい地域。
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「あーあぁ」いい気持ち。申し訳ないが気分がいいぞ。1000円に満たない金額の小旅行でありました。なかなかいいぞ。いいぞ。の。合掌。

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2008年1月15日 (火)

盆堀 大日向通り 湧水

2008年はじめての五日市・盆堀地区大日向通りの湧水にご挨拶にお出かけ。8時にスタート。

檜原街道を西にひたすら進む。それだけじゃつまんないね。と・・・。そうだポストがあるじゃないの。例の丸いやつです。正式名称は「郵便差出箱1号丸型」というのだそうだ。この丸型のポストが五日市地区ではまだ元気に活躍をしています。この丸型ポストをチェックしながら、戸倉まで行こう。なんとなく、この丸型ポストは、人間みたいなやつで、通りかかるたびに挨拶をしているとだんだん親しみがわいてくる。名前をつけてあげようか。

ポストたちも、人によって(ポストによって)、人柄(ポスト柄?)があるんでしょうか?なかなかたくましい面構えのポスト君がいたり、やさしそうなポストさんがいたり、お疲れのポストさんや、哀しいポスト君、がんばるぞのポストさんがいたりでなかなかなのであります。

郵便ポストにもいろいろな種類があるようで、「逓信総合博物館」のホームページには、「郵便ポストの移り変わり」というページがあり詳しい紹介がありました。

五日市中学校の裏手の道を行くと、金比羅尾根に行く道がある。その角にあるポスト。ちょっと傾いているみたい。
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上町の「いなげや」の隣にあるおもちゃ屋「イヅツヤ」の前にあるポスト。
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次が、五日市高校入り口にある「丸屋百貨店」。
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ここから、裏道を行くと、小仲野の小机クリニックの手前の民家の前に。
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戸倉には、意外と丸型が見つからない。星竹に行く道沿いのポストは「郵便差出箱14号」か?。
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ということで、ふらふらふらりとしながら、大日向通りに到着。
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お散歩マニア | Olivemap

オヨヨ。本日は、二本ある湧水パイプが両方ともポリタンに占拠されてしまっている。
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しばらくまっているとタンクがいっぱいになったよう。寒いので、タンク注水者は車で待機しているのであります。なるほど。
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いつものように、「入れものがない片手でうける」と、尾崎放哉の句のぱくりを呟きながら、片手で受けて、一口すする。うーんむ、甘露、甘露。本日は、ぴりりんぴりりと冷え切っているので鮮烈な味わいで、約1時間のウォーカーの乾いた喉にしみわたる。
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ほんではと、帰途に。沢渡橋の下では、小中野自治会の「どんど焼き」の準備が行われていました。
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五日市の街角には阿伎留神社で行われる節分の豆まきのポスターが貼られていました。今年は、節分が丁度日曜日。大悲願寺と阿伎留神社掛け持ちで見学しようかな。
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武蔵五日市駅のパン屋さんで、神戸屋PANISHで「パン・ド・ミ」1斤262円なりとブレンドコーヒー210円を購入して小休止。つるつる温泉行きの新型バスが寒そうに止まっていました。
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そんじゃあね。

おおそうだ!!ポスターと云えば、昨年ワタクシも見た!日の出町「西福寺」の火渡りのポスターもあちこちに張り出されました。今年は、1月20日午後1時から開催です。ご興味のある方はどうぞ。

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2008年1月14日 (月)

弁天山から城山そして高尾神社

突然「そうだ弁天山行こう。」と、JR京都キャンペーンのコピーの真似じゃないけど、なんかそんな気分になりました。角度のあるコースは、嫌い、いやなんですが、本日の気分は、「躁」なのかもしれない。
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網代側から「喜志嶋神社」の参堂を上る。急坂を上るとわりとすぐに神社に到着。ここで、「ぺこりぺこり、ぱちりぱちり、お願い、ぺこり」活動をきちんとする。歩き出してから突然、思いついたので、今日は、携帯電話も小銭も持っていない。「お賽銭無し」に願っちゃったりしていいのかなとか思いましたが、願っちゃってから悩んでもしょうがない。神さんもそのへんは、ちゃんと考えて、まさか聞こえないふりはしないと思うな。とか考えながら、次の目的地の「洞窟」に。
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神社のすぐ先に、洞窟の口が見える。
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洞窟の前に看板が。
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洞窟内には、「石造大黒天」の像が祀られているとのこと。伊奈石製で文明九年(1477)の製作とのこと。
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洞内には、ほかに毘沙門天の像も安置されている。
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洞内から入り口を見る。
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洞窟の岩の上を直登する。増戸小学校の生徒が作ったのか「案内板」がいい。「頂上まであと少しだよ」。
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ほんとうに、あと少しで頂上に。頂上からの眺望が見事。初日の出のビューポイントとしても有名らしい。なるほどの眺めである。
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さぁて、どちらに降りようかな・・・。少し考えて、城山、高尾神社コースを選択する。城山までは、アップダウンはあるものの歩きやすい道が続く。

城山。
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ここから高尾神社までのコースが凄い。角度ある道が嫌いなワタクシには信じられない道の連続。携帯電話も持っていない。坂から滑り落ちたらどうしよう。落ちて足でもひねって動けなくなったらどうしよう。この間、山で遭難して数十日も彷徨ったシトは、ちゃんと五日間の食料はもっていたというけど、ワタクシは、水も食料もない、どうしよう。動けなくなったらイノシシに食われちまうかな・・・どうしよう。の、どうしようどうしよう路線なのでありました。
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この坂ですよ。ロープがなかったら、すへせってころんでサヨウナラのような坂が続く。なかなか点かないぉ。こんな民家の姿が見えたり、犬の声が聞こえたりするところで遭難は、イヤダナ。みっともないな。評判になるなぁ。「あのシトは、あんな近くで遭難して、イノシシに喰われちまって・・・」というような評判になったら、三代くらい続いて、あきる野市には住めないなぁ・・・。とか考えながら進んでいたら、なぁーーんといい眺め。
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救われちゃっていい気持ち。苦労のあとの天国のような、晴れ晴れ晴れ晴れ、ビール持って来い、みたいな気持ち。「でたでた街が・・・あかるいあかるいまああかるい 街が・・」。

高尾神社さまに「ぺこり、ぺこり、ぱちりぱちり、感謝、感謝、ぺこり」の活動をしました。
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高尾神社の隣が、真言宗の大光寺。やはり、空海さんはいいひとだ。合掌。

水仙の花も
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南天の実たちも、よかったよかったといいお顔をされていました。合掌。
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だから、角度のある道はいやだな。

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2008年1月13日 (日)

使えない

武蔵五日市駅にパン屋があります。駅にあるというのはなかなか重宝で、焼きたての食パンなんかをよく購入するのですが、「本日は焼き上がりまであと10分」ということで、二階でコーヒーを飲んで焼きあがるのを待っていました。

あっトイレもあるんだと利用させていただきました。手を洗おうと、水道をひねりましたが、洗えない。うまく洗えない。蛇口が水をためるボール状の壁に近すぎて、手が指関節一つ分くらいしか、かからないので、うまく洗えない。あんまり可笑しいので、ひとりで笑ってしまいました。ひさしぶりに腹の底から笑ってしまいました。こういうのは、腹がたたなくて、脱力感100%で凄いね。ありがとう。謝々。
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焼きあがったパンを席まで届けてくれました。ほかほか香のパンをぶらさげながら、ぶらぶらとお帰りであります。

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2008年1月12日 (土)

かかし

五日市の小庄でみつけた案山子さん。名前を「のらこ」といいます。仕事疲れのためか、収穫を見届けた安心感からなのか、すっかり、ずんと眠っています。霜も寒さも気にすることもなく健やかに永遠とねむっておりました。
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春になったら起き上がるのでせうか。合掌。

すぐ近くにストーブが、やはり深深と眠っておりました。
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春まだ遠き、五日市・小庄の風景です。

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2008年1月11日 (金)

ウォーキング お守り 「健脚守」

ウォーキング、散歩、ジョギング、自転車、だらだら歩きの皆様へ。2008年もアノシトやソノシトでなくジブンのペースで歩きましょう。そんな皆様に、新しい年のプレゼント。

京都・護王神社の「健脚守」。

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御祭神和気清麻呂公は、道鏡事件で大隅国へ流される時、足萎えで立つこともできなかったが、イノシシの御守護により、不思議と立って歩けるようになったという故事に因み、足腰の守護神と仰がれています。

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狛犬ならぬ狛イノシシ。
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ワタクシはディパックに付けて歩き出しました。今年は、友人に進められた「三河湾チャリティ100km歩け歩け大会」に参加する決意!です。

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2008年1月10日 (木)

八重洲 ふくべ

新年の居酒屋めぐりで、よれよれになりながら最後に八重洲の「ふくべ」に。最近とても混んでいる。今日も9時近くなのにカウンターも奥もいっぱい状態。

マスターがカウンターに席をつくってくれる。
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いつもの菊正宗の樽の燗とタコとお新香を注文。本当は、お通しのこんぶだけで、飲めちゃうのだけど、なんとなく、飲んだ後はタコがいい。
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本日の仕上げだから、二本飲んでおとなしく帰る。

新年のご挨拶ということで、お通しで出る「切りこんぶ」をもらっちゃいました。今年もよろしくお願いします。
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2008年1月 9日 (水)

渡れない

館谷の押しボタン信号の近くにあった看板。
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うーーん。渡れない・・・。合掌。

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2008年1月 7日 (月)

ウォーキング 払沢の滝 

そうだ檜原村の「払沢の滝」いこう。と家を出てからぴんと閃き、武蔵五日市駅をスタート。早朝の武蔵五日市駅は、朝日を浴びて気持ちよさそうな寝ぼけ眼的雰囲気。そんでは、そんではと7時20分にスタート。
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一路、檜原街道を西進する。朝早いから店はまだお眠り中。五日市の百貨店で美味な看板を発見。昔は「塩」も貴重品だから、「専売公社」が煙草と塩を一手に独占して、販売するお店まで指定していたのですね。その名残り。
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コピーがいいですね。『家庭生活の素』、『必需品に感謝を』。食べるもの、見るもの、聞くもの、出会う人・・・むかしは、みんな感謝をしながら生きていました。謙虚なライフスタイルだったのですが、お金が一番の価値観になってから、「けっ!」とか「ふん!」とかで生きている人たちが多くなりました。「けっ!」とか「ふん!」とか「かんけいねぇ!」とか云っているとそのうちに、自分にブーメランしてくるから人の世は面白いもの。

てなことをつぶやきながら、十里木に。「瀬音の湯」に渡る橋で小休止。ここまでの距離が【8時12分・5523歩・241kcal・4.47km】
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さらに一本道を進む。
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バス停「荷田子(にたご)」を過ぎると右側に「軍道和紙」や陶芸の体験が出来る「ふるさと工房」。入り口の近くには「お焼き」の有名店「松本商店」が。ワタクシはここのお焼きの方が好き。そして右側には「コテージ森林村」が。ここはレストランもあり、秋川牛のステーキも食べられます。お肉屋さんの「松村商店」経営なので、肉はばっちり。バス停「畔荷田(くろにた)」を過ぎると、檜原村との境に。【8時32分・83735歩・363kcal・6.78km】

「荷田子(にたご)」「畔荷田(くろにた)」と珍しい地名ですが、「五日市の古道と地名」という本では、「ニタ」とか「ヌタ」は同意語で「どろどろした」湿地地帯をあらわすアイヌ語といわれるそうです。猪がよく泥遊びをしたところの意味もあるらしい。
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さらに進み右下の秋川にあるのが「中山の滝」。岩の狭い間に秋川が流れ込み、滝となって走る。
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夏の間は、隠れた穴場。むかしは、横田基地の米兵たちのお気に入りの場所で、日本人は近づけない雰囲気の場所で「アメリカ淵」と呼ばれていました。
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和田向バス停には、物産の販売所とトイレなどがあります。ここには、湧水が竹のトヨで引かれ、夏にはこの湧水で冷やされたトマトやきゅうりが売られています。
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檜原村役場に到着。【9時05分・10936歩・471kcal・8.85km】

役場の前に復元されている門が「武州檜原村口留番所跡」。三大将軍家光が設置して以来、慶応三年(1867年)までの245年間この地にあった番所。
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■武州檜原村口留番所跡

この地にあった番所は、徳川家光が江戸幕府の第三将軍になった元和九年七月(1623年)の上洛に当り、その背後警備を目的としてせっちされたものである。
江戸幕府が直轄で主要街道を通過する人物や物資を監視のために設けた施設は、全国に五十三箇所あった。その中で特に必要とが高く、任務も重かった二十箇所を関所と名づけ、ここの施設を含むその他の三十三箇所は番所と呼んでいた。
この番所は、檜原村の出入口にあった上、地形上からはどうしてもここを通過しなければならない場所にあったので、喉元(口元)をおさえる番所"口留番所"と呼んだといわれている。
秋川渓谷道と浅間尾根道は、甲州街道と甲州裏街道(現青梅街道)とを結ぶ中間道であったから武蔵国と甲斐・相模両国との交易路で甲州中道と呼び、重要な軍用道でもあった。そのことが番所設置の主因になったわけである。
関守は、檜原村の里正であった吉野九郎右衛門(以後はその子孫、当主吉野健一氏先祖)と百姓中(代々の村役人衆)であった。
”近郷の樵夫、草刈、農夫の外一切の来往を禁ず”とされていたが、それは特別な要警戒時だけで、平時は他国人の通行も”通方御定法”によって許可されていたようである。
昭和六十二年九月一日                     檜原村教育委員会

番所を過ぎると橘橋。橋を渡ると道が二つに分かれる。左に行くと、手打ちラーメンで有名な「たちばな屋」、吉祥の滝。そして、人里、数馬をすぎて奥多摩有料道路へ。途中、山梨の上野原に抜ける道も。右に曲がると、払沢の滝を過ぎ、神戸岩、小岩方面に。

秋川もこの橋のところで、南秋川と北秋川に分かれる。橋の袂の「橋本旅館」は、創業が明治10年と歴史のある旅館。現在は改装してコンクリートの建物になってしまったが、前は、木造の三階建でとても風情がありました。そういえば、橋のたもとの交番の横にあった地蔵さまが見当たらない。なかなか風情がある地蔵様だったのに。

橋の正面の山が檜原城があった場所。豊臣、前田利家、上杉景勝の連合軍と北条が戦い、八王子城、檜原城と落城していった。山裾には応安六年(1373年)創建の臨済宗・建長寺派の古刹「吉祥寺」がある。

北秋川に沿って右の道を進む。春日神社を過ぎると右側に檜原村小学校と中学校が見えてくる。バス停「払沢の滝」に到着。豆腐屋「ちとせ屋」のわき道を入る。すぐに浅間尾根に行く道と滝に行く道の分岐に。左側の細道を道なりに進む。
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沢に沿って林道が整備されている。茶店と昔の郵便局の建物を過ぎてさらに坂を上り続けると突き当りが滝。「日本の滝百選」にも選ばれている。【9時22分・12557歩・540kcal・10.17km】
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早朝なので、誰もいない滝はちょっと寂しい。昔は、この時期になると滝全体が凍りついて氷滝になって綺麗なものでしたが、ここ十年くらいきっちりと凍ることがなくなってしまったようだ。
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村では、前面氷結する日時を当てる「氷暴クイズ」を毎年実施していますが、最近はたぶん凍っていないと思います。
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ワタクシは家族分はがきに予測を記入して投函してきました。ワタクシの予測は、1月31日、2月2日、13日であります。ホームページからでも応募が出来るので、皆様も2008年の運試しのつもりでぜひどうぞ。「第21回 払沢の滝氷暴クイズ!!」。・・・うぅぅん!?よく読んだら、締切日が2007年12月31日ですと!!

ちとせ屋」で「ゆば」でも買って帰ろうかと立ち寄りましたが、開店まぎわだったのでまだ作っていないとの。残念。熱々のご飯に「ゆば」をのせて、ワサビものっけて、醤油をたらりとたらして、わしわしわしと掻きこむ「ゆば飯」が好きなのですが。またにしよう。

一路、五日市までユーターンウォーク。途中、「瀬音の湯」に寄ろうかと思いましたが、お湯はいいんだけど、なんか、行くたびに従業員の対応に違和感があり、ちょっと気がすすまなかったので通過。

帰りは、下り道なので速度もあがり気持ちもいい。あっという間に武蔵五日市駅に到着。【11時02分・23237歩・1000kcal・18.82km】
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このコースもなかなか見ものや寄りところがあるルートなので気持ちのよいコース。ス通りなので、疲れたらバスにのれるのもいい。

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2008年1月 4日 (金)

五日市街道ウォーク 拝島まで

新年会の二日酔い覚ましウォーキングとして「そうだ!五日市街道を歩こう」と閃いて、寒い寒い中を9時20分に五日市駅をスタート。

まずは、伊奈の「正一位 岩走神社」に参拝。
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■正一位岩走神社

平安の末期に、信濃國伊那郡の住民が当地に来り一村を開き、信濃國総鎮守の戸隠神社の手力男命を勧請し、後に数年を経て稚日女尊と棚機姫命を祀る。光格天皇の御代(1794年)に正一位の神格を勅許されたことにより、以後、正一位岩走神社と称する。

御祭神
稚日女尊(わかひるめのみこと)
手力男命(たぢからおのみこと)
棚機姫命(たなばたひめのみこと)

ぺこりぺこり、ぱちぱち、ぺこり。
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「お守り」もいただく。500円。
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伊奈の市神様にも新年のご挨拶を。
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■あきる野市の文化財 伊奈の市神様
所在地 あきる野市伊那1527番地

伊那村は、中世から近世の初期にかけて、秋川谷を代表する集落でした。伊奈村に市が開かれたのは中世の末といわれています。農具や衣類、木炭などをはじめ、この地域で産出される石(伊奈石)でつくられた臼なども取引されたと考えられ、伊奈の市は大いに賑わったといわれています。江戸時代になって江戸城の本格的な建築が始まると、この石の採掘に携わった工人たちが動員されたと考えられ、村と江戸をとを結ぶ道は、伊奈みちと呼ばれるようになりました。やがて、江戸の町が整い、一大消費地としての姿を現すと、木炭の生産地である養沢、戸倉などの山方の村々に近い五日市村の市に、伊奈村の市は次第に押されるようになりました。更に、月三回の伊奈村の定期市の前日に五日市村でも市が開かれるようになると、ますます大きな打撃をうけ、伊奈村の人々はこの市の開催日を巡ってしばしば訴えを起こしました。
この祠は伊奈村の市の守り神である「市神様」と伝えられています。地元の伊奈石で作られ、側面には寛文二年(1662)の年号が刻まれています。伊奈の移り変わりを見つめてきたこの「市神様」は、地域の方々により今も大切に祀られています。
平成十九年三月一日設置                   あきる野市教育委員会

市神様のすぐ先にあるのが「酒まんじゅう」で評判の「恵比寿屋」。
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睦橋通りとの分岐を左に行く。ここからはただ道なりに道なりにすたらすたらと進む。セブンイレブンで水を補給。線路を渡り、すぐを右に入ると秋川駅に到着。【10時32分・7457歩・314kcal・6.03km】
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秋川駅を過ぎ、市役所に行く途中にある小高い山のようなのが「大塚古墳」。
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こんもりとお茶碗を伏せたような小さな山。公園になっている。
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■都旧跡 大塚古墳
所在 あきる野市雨間字塚場232番地 指定 大正十五年五月

秋留台地にそびえるこの大塚古墳はほとんど円墳の形をしているが、築造当時には方墳ではなかったかと思われる。この台地は古代奈良時代における官牧の一つで「小川牧」と呼ばれ、武蔵国の有数な官牧であった。古代末期に活躍する武蔵七党はこれら官牧と深い関連をもち、官牧の支配によって活躍の裏付がなされていたのである。
秋留台地には多くの古代住居遺跡が見られ、特に瀬戸岡古墳群(都旧跡)は律令社会におけるものとして著名であるが、大塚古墳は瀬戸岡古墳群とは比較にならないほど規模が大きい。
大塚古墳は王塚古墳とも呼ばれ、高さは約六メートル、周囲は約百三十メートル余であり、台地に築かれた古墳として重要である。
昭和四十三年三月一日 建設                  東京都教育委員会

市役所を過ぎると街道は畑の中をまっすぐに走る。
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両側は夏のトウモロコシを初めとしてさまざまな野菜たちが作られている。戦後、横田基地に駐留する米軍の野菜の供給基地となってから、いち早く、人糞の使用を止め、化学肥料を使うなど「近代的」農業に取り組み、トウモロコシをはじめとしてレタスなど新しい野菜たちの生産も先進的に取り組んできた。
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夏のトウモロコシ街道や、ファーマーズ・マーケットは有名で、こうした「売り場」をきっちりとつくり消費者と結びついたことで、畑作大地がこれだけまとまって残っていられるのだろう。

ファーマーズ・マーケットをすぎ、すこし行った右側が「二宮神社」。ここでも新年のご挨拶を。「お札も」いただいてきました。
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■二宮神社

                      略記

祭神
国常立尊(くにとたちのみこと)

二宮神社は明治の初めまでは、小川大明神又は二宮大明神と称されていました。小川大明神とはその鎮座地が「和名抄」に記載の武蔵国多摩郡小川郷の地区内にあったためで、二宮大明神とは「神道集」又は「私案抄」等に見られる武蔵総社六所宮の第二席にあたるためである。
古い記録によると藤原秀郷は、天慶の乱(939)に際して戦勝祈願をし、乱平定後奉賛として社殿玉垣を造営し社領百町を寄進された。さらに鎌倉時代の建久年間、源頼朝より社領千石の寄進があり、天正元年(1572)には北条氏政より社領五百石を寄進され、その年弟氏照(滝山城主)は当社を祈願所と定め尊崇を寄せていたといわれる。
天正十九年(1591)徳川家康より代々十五石の御朱印の寄進があった。明治3年社号を二宮神社と改称。            (武蔵国 二宮神社パンフレットより)

ちょうど、巫女さんの記念撮影をしていたので、こちらもパチリ。新年の恒例の「うしのした」も売られていました。「すあま」を牛の舌の形にしたもので、今の時期しか入手できないもの。上品な甘さと柔らかさで、昨年購入してから気に入り今年も購入しました。小が500円。
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平井川を渡り、多摩川を渡る。この下流で、秋川も合流して西多摩の三つの川が一つになり、東京湾に走る。

昔は、橋がなくちょうど、川原の真ん中に、立っている「どんど焼き」のあたりが渡しがあったところ。
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今でも川岸の河川公園のなかに、記念の碑が残っています。「牛浜の渡し」。
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大岳をはじめとして、奥多摩の山々の姿もいいな。
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街道に戻り牛浜の旧坂を登り、奥多摩街道、新奥多摩街道を渡り、青梅線の踏み切り、八高線の踏切を渡ると、突き当りが米軍基地ヨコタの第5ゲート。
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五日市街道は、ここで一旦無くなる。16号線との合同の道になる。昔は、ゲートのある所をまっすぐに突き抜けていたのですが、敗戦後、米軍に接収されて基地の拡張で、五日市街道は、大きく拡張された基地に沿って大きく、右側に迂回。

最近、有名なジャンボな「福生バーガー」店はゲートのすぐ近く。「福生バーガー手拭」も発売されたよう。アメリカ的キョダイバガーたちが揃っています。2980円ものもあります。
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このあたりが16号線の横浜から50km地点。
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16号線から分かれて拝島駅のほうに進み、さらに左折をして基地沿いに進む。横切る線路は、横田基地にジェット燃料を運ぶ「米タン」の引込み線。
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最初の大きな十字路を左に行くと、昔の五日市街道が現れる。右に曲がる。「堀向」地区に。この「堀向地区」は世界でも珍しい基地騒音で失われた町としても知られています。
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今は、バス停にしか名前は残っていないが、1968年当時は、800戸の住宅と50の商店、5つの病院を持つ大きな街があったのです。ヴェトナム戦争の激化の中、C5Aギャラクシー大型輸送機や66年には福岡の板付基地からF105Dサンターチーフ「雷の親玉」と名づけられた戦闘機が移駐してきたりF4ファントム戦闘機に変わるなど騒音が激化するとともに、衝撃波で銭湯の窓ガラスが割れけが人が出るなど基地被害が拡大し、住民運動も激しくなる中、一方で移転も行われ最終的には、集団移転がなされ街がそっくり無くなってしまいました。
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公園や木々のなかに、かつて、人々の暮らしがあった。
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昔から続くお蕎麦屋さんがぽつんと一軒。
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近くの西武線の踏切を渡ると、本日のゴールスーパー銭湯「湯楽の里」。
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本日の総歩数【12時31分・18422歩・773kcal・14.92km】。たった3時間の距離ですが、五日市街道沿線には、いろいろな見所がたくさんあります。
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ゴール近くに温泉や銭湯を調べておくのもいいですよ。

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