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2008年3月

2008年3月31日 (月)

ものの順序

そうだったのか。

「ものには順序がある」とよく先輩たちに言われましたが、なににでも順序があるのです。こうして、整然と、秩序が形成されて世の中は、昔からの自然な順番でなにげなく動いているのであります。この順序をいろいろな視点から、わかり易いイラスト入りで解説したのが本書。

知ってるようで知らないものの順序 Book 知ってるようで知らないものの順序

著者:ことば探偵団
販売元:幻冬舎コミックス
Amazon.co.jpで詳細を確認する

「お箸を正しく取る順序」から始まって、およっと考えさせるのは、「天使の階級」の順序。いわゆる「天使(エンジェル)」は、下級三隊の第九階級に属する一番人間に近い下っ端の天使なのであります。ちなみに、神様に一番近い、上級三隊第一階級に位置するのは「熾天使(セラフィム)」さんでありました。

その他、「結婚祝いをたくさん出す順序」、「焼き魚を食べる順序」、「シャツに上手にアイロンをかける順序」、「雪が重なっていく順序」、「日本酒のおいしい温度」、「お寿司を頼む順序・ツウのおすすめ」、「花魁と仲良くなるなる順序」、「離婚までの順序」など、日本のいろいろな順序が紹介されています。

「漢字の正しい書順」には、凸や凹、淵、区と凶、右、左などの、考えるといらいらしちゃう書く順序がありました。

なるほどと思ったのは「蛇口のパッキンなどが重なっている順序」。先日、蛇口から水が漏れているので、自分で交換しようと分解したら、どれがどれだか分からなくて、ひどく頭力を使ったことがありました。この本があればよかったのにと思いました。

なるほどなるほどのお役たち本でありました。どうでもいいことだろうけど、どうでもいいことをきちんとしている人は、案外素敵な人が多いですね。合掌。

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2008年3月30日 (日)

沢渡橋のかかし 名前はまだない

小庄の案山子には、きちんと「のらこ」と名前が付いています。

黒茶屋近くの沢渡橋の下に、すくっと立っている案山子がいます。彼は、放流されるアユたちを上野・不忍池などから飛来する鵜から守るため、日夜、川の岩にもたれながら監視をしています。

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しかし、「のらこ」のように、明確な名前がないものだから、「あすこのよう かかしはよう」とか「橋のしたのかかし」とか「あれ」とか「それ」とか「・・・・」とか呼ばれているのが実情。この写真を撮っているときも、もそっと「僕にも名前がほしい」とツブヤイテイマシタ。

秋川漁業協同組合の方がおつけになるのかは分かりませんが、ぜひ彼の要望にこたえてあげてください。「のらこ」の例にならうと「かわお」か・・・。合掌。

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2008年3月29日 (土)

ホンコンやきそば

懐かしの「ホンコンやきそば」を入手。出張で北海道とか仙台方面にでかけるとよく見かけたものですが、東京ではなかなかみかけなくなりました。話に聞くと千葉方面では割と一般的に入手できるとのこと。今回の入手先は、浅草の北海道物産館。

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さっそく、袋の「おいしい召し上がり方」に忠実に制作を開始。まさに正しい「ホンコンやきそば」の作り方。この通りやんないと「ホンコンにうまいよ」は味わえない。

①カップ1杯の水(200ml)をフライパンに入れ沸騰させます。させました。

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②次に本品を入れ、はしで返しながら水気がなくなるまでよくときほぐしますと、でき上がりです。入れました。

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ときほぐしました。

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③別添のふりかけをでき上がったホンコンやきそばの上からふりかけてください。一層おいしく召し上がれます。ふりかけました。

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このやきそばが発売されたとき(1964年)CMが立川談志師匠で「ホンコンに旨い」というコピーでありました。久しぶりに食べましたが、昔を思い出して感涙感涙。「ホンコンに旨い」やじゅなくて、「まあな・・・」という味でありました。しかし、春の風に吹かれながら、ビールと一緒に食すと「ホンコンに少し旨い」になりました。よかったよかった。

なんと、インターネットでも購入できます。「e-エスビーフーズ」。

焼きそば好きな人がつくったホームページも発見。「幻の焼きそばを探せ」。

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2008年3月27日 (木)

戸倉 星竹の湧水

戸倉地区を散歩しているときに発見。星竹地区に向かう坂道の途中にあります。

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防空壕のようにコンクリートのカバーを被っているので、なんだろうと覗くと、崖のところから湧水がぽたりぽたりと落ちています。

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今は、水量が少ない。

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近くには、花粉製造工場が立ち並んでいます。

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今、五日市は「花粉の里」。瀬音の湯のことを、「花粉の湯」とか言っている人がいましたが、ほんとうに花粉症の人には、つらいつらい季節ですね。ワタクシは、鈍感なのか、原五日市人のためか、今のところ花粉とは仲良くしています。原五日市人でも、最近、急に花粉症になっちゃった人がいますが、それは歳をとったからだよといわれています。合掌。

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2008年3月26日 (水)

伊集院静 羊の目

尊敬する伊集院静先生の新作「羊の目」を読了。

羊の目 羊の目

販売元:楽天ブックス
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■解説(伊集院静公式ホームページより)

解説
 昭和8年、牡丹の彫り物をもつ夜鷹の女が、のちに日本のヤクザ社会を震撼させることになるひとりの男児を産み落とした。
 浅草の侠客・浜嶋辰三のもとで育てられた神崎武美は、辰三の命を守るため幼くして恩人を手にかけ、やがて稀代の暗殺者へと成長してゆく。対立組織に追われ、ロスに潜入した神崎は、日本人街の母娘に導かれてキリスト教に接するのだが……。
 ひとりのヤクザの生涯を描き、圧倒的な迫力と深い余韻を残す渾身の大河長篇。

槿の花のような小説。「つるむな、群れるな」という彼のポリシーを形にしたらこんな小説になるのだなぁと感動。胸が熱くなるという表現がありますが、ワタシの場合は、胸からアルコールが欲しくなる小説という感じでありました。当然「通勤快読」の一冊。眠らず、寄りかからず、すくっと座って読み続けました。最終章では、胸がアルコールを求める感動で、このまま降りちゃって朝からやっている、御徒町ガードした「大統領」に直行しちゃおうかと思いましたが、そこまでなれないワタクシは、唐獅子牡丹を背にした主人公「神崎武美」を想うのでありました。合掌。いいですね、日本の兄さん伊集院静先生。ぱちぱち。

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2008年3月25日 (火)

五日市憲法の道 ウォーキング

よし。「五日市憲法の道」を歩こう。この道は、ワタシが勝手にコースを作ったもの。まぁ、「頭力」と「体力」を一緒に鍛えちまおうという企画であります。(ぱちぱち。)

武蔵五日市駅を9:09分にスタート。檜原方面に歩く。約460歩で「東町信号」。ここは、檜原街道の起点。秋川街道との分岐の場所でもあります。この交差点を過ぎて、看板を左に入る。

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五日市勧能学校の跡地。五日市憲法の起草者「千葉卓三郎」が教員をしていた学校。彼は明治12年頃から大久野や草花、川口の学校を転々とし明治13年(1880)4月下旬から五日市に下宿し勤め始めました。

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この学校は、民権活動家の集まる場所になっていたようで、ここの教員をし、後に衆議院議員、小田急電鉄を作った「利光鶴松」の手記(五日市図書館にあります)には・・・

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「・・・勧能学校は公立小学校なれども実際は全国浪人引受所と云うの形ににて、町村の公費を以って多くの浪人を養い、県の学務課より差向けたる正当の教員は片端よりいじめて追い出し、県に於いても止むを得ず放任せるより。勧能学校は全く浪人壮士の巣窟となれり。余等教員の月給は教員之を取るにあらず。有志の寄付金と合わせて一団として、是を以って雲集し来れる浪人壮士の接待に充つるなり。而して、教員も又其浪人壮士と一切の生活を共同にするなり故に、勧能学校には共産主義が実行されたる訳なり。・・・」

檜原街道に戻り、再び檜原方面に進む。西東京バスの車庫。

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ここが、かつて内山安兵衛の屋敷だったところ。安兵衛は、深沢権八とともに五日市民権運動のリーダーで、五日市学芸懇談会の「名主」も勤めていた。この屋敷は「内山梁山泊」とも呼ばれ、民権家や壮士たちがたむろしていたそうです。彼のことは、「内山安兵衛-西多摩の名望家」(吉田聡/発行 多摩文化第18号1966年10月抜粋発行 多摩文化研究会)に詳しい。この本も、五日市図書館にあります。屋敷の見取り図までついています。

内山家は、もともと五日市の人でなく、祖先は内山信濃守で、一族で内山遠江守が城山で戦死後に土着したのだそうです。四代目安兵衛の時に五日市名産の「黒八丈」を京都で商い財をなし、次々に山林を買収して膨大な富を蓄積していきました。林業経営のほか鉄道の経営も行い、「五日市鉄道」を作る際にも発起人となっています。

安兵衛と深沢権八はとても仲がよく、共に政治に興味を持ち、板垣退助が刺されたときに見舞いにも行っています。後に、カトリックに入信をします。

彼の墓は、「ともづり最中」の看板がある内野屋を入り、突き当りを右に進んだ、秋川を見渡す一角にあります。ブロンズの十字架は、フランスから取り寄せたもの。

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来た道を戻り、すぐを左に入ると、阿岐留神社の裏を過ぎ道なりに進むと檜原街道に戻る。五日市出張所入口信号。信号のところにある「栗原呉服店」は、かつての「土屋勘兵衛」の屋敷。やはり、五日市民権運動の中心人物。神奈川県会議員にもなりました。住所は、なんと五日市1番地。下土屋と呼ばれていた。

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栗原呉服店の一角は「きれ屋」というショップになっていて、オリジナルの手拭いを購入できたり、珈琲を飲めたり出来ます。

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隣に立つ「りそな銀行」は、彼の実弟で、土屋権左衛門に養子に行った「土屋常七」の屋敷跡。上土屋と呼ばれていた。五日市銀行の頭取、酒造業、織物仲買商などを営んでいた。彼らの墓は、五日市の開光院にあります。

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檜原街道を進み、五日市警察署の裏手の「五日市郷土館」に。

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ここの二階には、五日市憲法関連の資料が展示されています。勧能学校の卒業証書もありました。顔写真は、深沢権八。

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庭には、「旧市倉家住宅」が。

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中に入ると、囲炉裏が切ってあって、いつも火が入っています。今日は、まだ火をつけたばかりで、少し煙い。お茶を出してくれます。おすすめのスポット。いま雛人形が飾られています。

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郷土館の近くの五日市高校沿いに小道を登ると、開光院に入る路地が。開光院は、臨済宗建長寺派の寺。開創は、文安5年(1448)。本尊は文殊菩薩。【10:00分・3969歩・155kcal・3.09km】

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高台にあるために東に開けた眺めが気持ちがいい。

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この寺の裏山で、利光鶴松さんが、同じ勧能学校の教員三人から「大阪事件」の資金調達として強盗(M作戦)への参加を求められた。

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入口の左手に「土屋常七」の碑もたっている。

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きた道を戻り、五日市中学校に。ここの西端に立っているのが「五日市憲法草案の碑」。

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碑文には草案からの条文が書かれています。

五日市憲法草案抜粋

45日本国民ハ各自ノ権利自由ヲ達ス可シ 他ヨリ妨害ス可ラス 且国法之ヲ保護ス可シ

48凡ソ日本国民ハ日本全国ニ於テ同一ノ法典ヲ準用シ 同一ノ保護ヲ受ク可シ 地方及門閥若クハ一人一族ニ与フルノ特権アルコトナシ

76子弟ノ教育ニ於テ其学科及教授ハ自由ナルモノトス 然レドモ子弟小学ノ教育ハ父兄タル者ノ免ル可ラサル責任トス

77府県令ハ特別国法ヲ以テ其綱領ヲ制定セラル可シ 府県ノ自治ハ各地ノ風俗習例ニ因ルモノナルカ故ニ必ラス之ニ干渉妨害ス可ラス 其権域ハ国会ト雖モ之ヲ侵ス可ラサルモノトス

86民撰議院ハ行政官ヨリ出セル起議ヲ討論シ又国帝ノ起議ヲ改竄スルノ権ヲ有ス

194国事犯ノ為ニ死刑ヲ宣告ス可ラス 又其罪ノ事実ハ陪審官之ヲ定ム可シ

あきる野市教育委員会の説明の看板には

あきる野市の文化財 五日市憲法草案の碑
所在地 あきる野市五日市四〇九番地二

五日市憲法草案は、明治一四年に深沢権八を中心とする五日市学芸講談会の有志と、宮城県栗原郡白幡村(現栗原市志波姫)に生まれ、五日市勧能学校の教師としてこの地を訪れていた千葉卓三郎が中心となって起草した私擬憲法草案です。東京経済大学教授であった色川大吉氏らによって、昭和四三年に深沢家の土蔵から発見されました。司法、立法、行政の三権分立が明確に規定され、国民の権利に多くの条文がさかれているなど、自由民権思想に溢れた非常に民主的な内容であり、他の民間草案の中でも屈指のものです。

昭和五四年、この私擬憲法草案を生み出したこれら先人の偉業を顕彰し、後世の人々に広く知ってもらうため、千葉卓三郎の生地宮城県志波姫町(当時)、起草地である五日市町(当時)、墓所の仙台市の三カ所において同時に碑を建設することとなり、この碑は地域の人々の協力のもと、五日市憲法草案顕彰碑建設委員会によって建てられました。

正碑には最もよくその特色を現わす抜粋文六カ条が、副碑背面には学芸講談会の会員三〇名の姓名が刻まれています。

平成一七年一一月一五日設置 あきる野市教育委員会

ここから、一路、深沢の「深沢家土蔵」まで進む。中学校の後ろの道を行くと五日市小学校に続く。裏の細道を道なりに進み、深沢方面に。渓流にそって遡る。聞こえるのは、川の流れの音と小鳥たちの声。そのなかをただ歩く。

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深沢小さな美術館」を過ぎると、左手に寺が。臨済宗建長寺派の「東照山 真光院」。

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本尊は釈迦牟尼如来。創立は文明18年(1486)。大田道灌が開基と伝えられている。寺門も道灌と同じ桔梗の門。深沢権八と親しかった住職が、中島元徴で、権八、安兵衛たちと自由党解党後の厳しい時代にに仏教演説を行う結社として「憲天協会」を作り、政談演説等を行っていた。鶴松の手記には、この結社は、仏教演説や衛生演説を隠れ蓑にした偽装結社であったと記している。

寺の隣が「深沢家」。門のくぐり戸からなかに。

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広い庭の片隅に、土蔵が。この土蔵から憲法草案が発見されたきっかけになったのも利光鶴松の手記。深沢家がこの地域の民権活動の拠点で、法律書等西洋の出版物を含めた本を買い集め、私設図書館のようであり、若者たちに開放していたとの記述があったからといわれています。

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この土蔵も、平成6年に修理が行われています。

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母屋は、小金井の会社に買い取られて移設されました。

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東京都の史跡になっている。庭には、東京都教育委員会の説明文が立っています。

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裏手の山際に墓地が。東の向くように深沢権八の墓が立ちます。墓石には、「権八深沢氏墓」と彫られています。

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墓地からは、東に開けた山並みが遠望できる。

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来た道を一気に戻る。そして五日市図書館がゴール。【11:42分・13328歩・624kcal・11.45km】

ここの二階の資料室には、自由民権関連の書籍を集めたコーナーがある。秩父事件をはじとした自由民権に関係する本が整理され集められている。

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ちょうど、半日のウォーキングコース。頭も身体も少し活性化したところで、休憩をしたい方は、地元民御用達のそば屋「金巴楼」に行くか、やはり地元派「音羽寿司」(すし屋なんだけど、中華から定食、なんでもありの老若男女カムカムのお店)、洋食の「キッチン シオン」か。夕方なら、これまた地元民で一杯の居酒屋「美松」。 

いけないいけない。駅前の名店「やまねこ亭」がありました。評判のカレーとコーヒーで電車の時間を調整するのもいいですね。

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2008年3月24日 (月)

秋川橋 落ちた 続報

先日、「秋川橋 落ちた」という題名で、先代の「秋川橋」の「親柱」(アノ部分は、親柱というだ)について、歴史的なものなので保存をすればいいのにね。と書きま、「市長への手紙」にも出しました。そうしたら、なんと早くも回答が届きました。なかなか前向きな回答なので、大変いいぞと思いました。やるじゃんあきる野市 ぱちぱち。という感じ。

このたびは、「市長への手紙」をいただきありがとうございます。
○○様からいただきました「二代目秋川橋の親柱の保存」に関するご意見について、お返事申し上げます。

建設会社の資材置き場に放置されております橋の一部につきまして、早速、外観調査を行ったところ、ご指摘のとおり、昭和9年7月に架けられた秋川橋の親柱(橋の入り口に設置されるもので、地域の特色や時代背景が反映されるその橋の顔)であるとほぼ確認できました。本来は、欄干の四隅にそれぞれ据えられ、上にはガス塔が取り付けられていたもので、現在資材置き場に置かれている親柱にも、ガス塔を取り付けたと思われるボルトが残っておりました。この旧秋川橋は、昭和63年、現在の橋に架け替えられるまでの間、50数年にわたり、五日市と八王子を結ぶ重要な生活道路であった「秋川街道」の橋として重要な役割を果たしていたも
のでございます。親柱等旧橋の撤去方法について、施工主である東京都建設局西多摩建築事務所に問い合わせたところ、橋を架け替える際、旧橋の部材等は一般的には自由処分をしており、旧秋川橋も同様に処理されたものと考えられるとのことでした。また、他の地域では、歴史的な背景などがあり、地元から残すよう強い要望があった親柱は、新しい橋にそのまま再利用した場合もあるとのことです。
この親柱については、秋川橋の改修工事により発生した部材の一部と思われ、この親柱は地域の近代土木の歴史を示すものと考えられますので、何らかのかたちで保存することが望まれます。
市としましては、この親柱の所有者を確認し、所有者に対して保存の働きかけを行うなど、より良い保存方法の検討等の取組を進めてまいりたいと考えております。
今後も、市内にある貴重な文化遺産を市民の皆様と共に保存し、活用していけるよう努力してまいりたいと考えておりますので、ご理解いただきますようお願いいたします。

これからも引き続き、市民の皆様と市政情報を共有し、協働のまちづくりを進めていくため、職員一丸となって取り組んでまいります。
今後とも、あきる野市政に対して、ご意見、ご要望をお寄せくださいますようお願い
申し上げます。

受付番号第114号 平成20年3月21日 あきる野市長  臼 井  孝

よかったね。親柱くんたち。きちんと保存してもらえれば、少しは、ゆっくりと余生を暮らせるのではないかと思います。さっそく、なでなでしに出かけよう。

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ご近所の皆様も、なでなでしにぜひいってください。

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2008年3月21日 (金)

株からミカンが実りました

日の出町をウォーキングしていたら発見。羽生地区の道端の切り株の中からミカンの実が現れていました。それも2個。

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近くの紅梅の実や花たちも不思議がっておりました。

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黄色の花たちも、おかしいねと微笑んでおりました。しかめつらの親爺たちも、むずがゆそうにほほを緩める季節になりました。

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そうそう、羽生人形店の前の「ヒメザゼンソウ」も新しい葉が生まれてきました。よ。そして、葉が枯れる6月に花が咲くというお花です。

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2008年3月19日 (水)

中野 四文屋 またまた行っちゃった

春の夜風に吹かれながら、またまた行っちゃったのは中野の「四文屋」。目的は、ここの「金宮焼酎」とモツたち。
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「ではでは」のビールじゃなくて、いきなりの焼酎。「金宮」と注文すると、お兄さんが厚手のグラスに、こぼれる焼酎を注いでくれて、梅シロップをたらり。350円。お兄さんによっては、こぼす具合が微妙に違うので、「おっぉう」とか「あれっ」とか呟くと、さらにたらりとしてくれます。多分。
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この最初に焼酎、こぼれくらい注ぎ、その後に梅シロップ方式は、御茶ノ水の名店「徳兵衛」と同じ注ぎ方方式。

吉祥寺の「いせや」とか、西荻窪の「戎」は、焼酎を注文すると焼酎のみをくれる。カウンターに、梅シロップを入れたボトルがところどころに置いてあるので、自分で好きなだけ注ぐ方式。だから、「いせや」なんかでは、「すいちゅう」(水割りの焼酎)や「ロック」を注文して、そこに梅シロップを注ぐ方もいらっしゃいます。「フリー型」とでもいうのでしょうか。

金宮焼酎」の名店というとやっぱり北千住の「大はし」でしょうか。ここは、昔と違って、超有名店でなかなか入れなくなっちゃいました。その「大はし」方式は、「金宮」の4号瓶ボトルを注文すると、梅シロップが別グラスに入ってくるので、好みの濃度に割って飲む方式。1瓶1250円という安さ。呑み残しても、キープまでしてくれる。

代々木の「おくどさん」も金宮焼酎を出してくれる。ここの名物は、トウガラシを丸々一本入れてくれる「トウガラシ焼酎」があります。お変わりするたびにトウガラシの本数が増えていくので、いま何杯目かが一目で分かる「トウガラシ算」方式。ここのママにきいたことがありますが、金宮焼酎は昔からのお取り先が優先で、そんじょそこらでは入手が困難ということです。

金宮焼酎の製造元「㈱宮崎本店」では、ホームページも公開しています。ここでは、なんと販売サイトもあり、金宮焼酎も入手出来ちゃいます。「金宮前掛け」や「金宮グラス」なんていうグッズも買えちゃいますよ。

ということで、本日のおすすめは、ガツ刺し。
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煮込みも食べて。
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レバ刺も食べて。
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たん下やアスパラガスも食べて。
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こうして、中野の春の宵は更けていくのでありました。合掌。
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さあてと、次はどこかいな、佐藤さん。

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2008年3月18日 (火)

五日市 養沢 ウォーキング 瀬音の湯

「秋川国際マス釣場」のある五日市、養沢地区を歩いてみようとウォーキングを。武蔵五日市駅発8:00の小岩行きバスに乗車。「十里木」で下車。8:14分着。バス代270円。ここから養沢方面にウォーキング開始。養沢川を遡る。

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山崎酒舗」は、地酒の「喜正」が買える酒屋さんなのですが最近、野菜煮物料理を始めました。コース料理もあります。ここの手前の道を入ると瀬音の湯に続いています。近くには、昔のポストが健在です。

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朝もやのなかに、五柱神社巨大杉が見えてくる。

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「新橋」を渡ると軍道地区に。小宮小学校の手前にあるお店が喫茶店の「Cafe Anghel」。鄙にはまれなお店。店じまいしたのかな。

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その先になにげなく立つのが「よもぎそば」で有名な「久保島本舗」。よもぎそば一筋50年。薫り高いそばは、地元やお土産でも隠れた名品として知る人ぞの品。宮内庁にも納め、皇太子があきる野に登山に来たときにもお召し上がりになられたとホームページに書いてあります。ちゃんとネットからも注文が出来る。

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生のよもぎそばも大変美味。乾麺とちがってなかなかレアな商品。日の出のファーマーズにはときどき置いてあります。

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この先が、「秋川国際マス釣場」。

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昔と変わらない、雰囲気。

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ラーメンや、定食も食べられます。

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朝早くから、釣りをする人の姿が。

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子供向けの手づかみもある。

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「秋川国際マス釣場」の山の上に昔、町の火葬場がありました。駐車場を過ぎ、しばらく行くと、左手にログハウスの建物群が見えてきます。「クライムガルデン野良坊」。さらに、山際には、豪邸が立ち並ぶ。左側には、毛鉤釣り専用の釣り場「トーマス・ブレーク・モア記念財団 養沢毛鉤専用釣場」の管理棟が見えてきます。管理棟でもらえる「エリアマップ」がいい。また、ホームページの「独学で楽しむフライフィシング Web版フライフィシング・スクール」というのもなるほどものです。

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ここを作り上げたのが、米国人のトーマス・ブレークモアさん。

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トーマス・ブレーク・モア氏とこの養沢フライフィシング場との関係については「1995年の鱒釣り-トーマス・ブレーク・モア傳」に詳しい。トーマスさんは、アメリカ人の法律家でGHQのリーガルセクション(法務部)に属していた。私財を投じて、この毛鉤専用釣り場をつくりあげた。オープンしたのは、サンフランシスコ講和条約締結から4年たった1955年6月1日のことであった。ここを選んだのは、彼の故郷オクラホマ州サパルパの面影があったからではないかといわれている。また、彼の別荘は、戸倉にあり、今は生活クラブ生協の「協同村」として残っている。

こんにゃく料理と布細工のお店「紅うさぎ」。このお店の向こう側の山に、放し飼いの鶏を飼う農場が。

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毛鉤釣りの入漁料はなんと一日4000円。高級なスポーツなのだ。しばらく見ていてもなかなか釣れないのであります。鱒たちは、たくさん気持ちよさそうに泳いでいるのに、どうもニセモノの毛鉤には見向こうともしないようだ。毛鉤というのは、虫に見せかけて釣るのですが、魚と人間の勝負はなかなか魚くんのほうが命がけなので強いようだ。

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しばらく行くと「養沢センター」に到着。車がいっぱいとまっていて満員の状態。

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ここのバス停が「海入道(カイニュウドウ)」。「五日市町の古道と地名」という本によると、「海」は「峡」(カイ)の借音で、「峡」は狭い谷の入口という意味。「海入道」は、「峡入道」となる。また「ドウ」は、「所」を表わす言葉「ド」の延音で、「海入道」の語源は、「峡入所」、すなわち「狭い谷の入口」ということになるのであります。なーーるほど。ぱちぱち。勉強になるブログだな。うんうん。

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「三つ合鍾乳洞」を過ぎ一本道を進む。

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突き当りが本日のゴール「養沢神社」。神社の左を入ると「大岳鍾乳洞」。右の道を進むと「旧養沢鍾乳洞」から大岳の方面に。日の出山やつるつる温泉にも続く山道があります。【9:32分・7308歩・334kcal・6.13km】

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「養沢神社」には、とちの木の巨木が立っています。なでなでし、神社に「ぺこりぺこりぱちぱちぺこり」とご挨拶をして、ユーターン。

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来た道を下る。まっすぐに下る。どんどん下る。飽きずに下る。くだらないことを考えながら下る。「養沢センター」を過ぎると、ログハウスがあり、先が紅うさぎのところを右に入る。ここのバス停も悩ましげな名前です。「怒田畑」。「五日市町の古道と地名」の本には載っていなかったので解説はパス。

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この山道はとても気持ちがいい道。道なりに進む。小宮小学校の裏から降りて、瀬音の湯の案内看板沿って進むと「瀬音の湯」につきます。「足湯」には、最近屋根が付きました。【10:41分・14390歩・670kcal・12.05km】

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ひさしぶりの「瀬音の湯」は、そんなに込んでなくていい気持ちでありました。しかし、ここのロッカールームが狭くていや。裸になる男同士が、触れ合うのであります。シャワーは気持ちいい。よくあるのは、シャワーを出すと10秒くらいでとまってしまう方式ですが、ここのは止めるまでどんどん出るのよ方式で気持ちいい。バスで帰ろうと思うので、時間が15分くらいしかないので本日も「カラスの行水」「スズメの水浴び」方式で、「うんいいなぁ」、「さぁでよう」でありました。前にも「市長への手紙」で提案したのですが、3時間もお湯につかっている人はなかなか少ないのではないかな、1時間もあれば充分な人が多いので、そういう人向けに「カラスの行水」セットを作りなさいと言ったのですが、改善はされていない。15分でも3時間でも800円。分あたり単価は、まったくことなる。15分の人は、金を返してくれないのなら、受付で「最敬礼」「ぱちぱち」「あなたは利益率アップに貢献されました」「えらっ」てなことを言ってもらえればいいな。でも、ここの湯は「つるつる温泉」よりつるつるしていいぞ。でも、今日は、いつもする「ほんの少しの硫黄香」がなかったな。薄めてんじゃないよね。

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ということで、11時05分発ピンク色の恥ずかしバスに飛び乗って武蔵五日市にゴールしたのでありました。310円。本日の充実、3.5時間、五日市のオクラホマ、養沢川を遡る旅は、バス代270円+310円、瀬音の湯入浴料800円の合計1380円の豪華旅行でありました。14390歩&670kcalの幸せ。合掌。

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2008年3月15日 (土)

小庄のかかし のらこ

前にもご紹介した五日市の小庄地区のかかしの「のらこ」。寒い冬の間は、霜にもまけずにゆっくりと熟睡をしていましたが、こんな春のぽかぽか陽気のなかではどうしているのかと気になりました。

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そうか、春のぽかぽか陽気だからこそ、うとうととお昼ねでありますね。一体、いつになったらのらこは、起き上がるのだろうか。

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2008年3月10日 (月)

秋川橋 落ちた

大変。秋川橋が落ちている。

五日市小学校の裏の樽地区に向かう角に、建設会社の資材置き場のようなところがあります。そこで見つけたのが、秋川橋の橋の一部(橋の名前が書いてあるところ。なんていうのかな。)が、放置されている。
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よく見ると「あきがわばし」と読める。
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反対側にあるものには、「昭和九年」の文字があります。つまり、初代の木製のトラス橋の二代目に当たる昭和九年から昭和六十二年まで活躍した鉄筋コンクリートアーチ橋のものなのです。
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秋川橋は、五日市を語るときに必ず出てくる重要な施設でもあると思うのですが、そうした貴重な歴史遺産が、放置されているのをみるとこの町の行政はなにを考えているのか不思議な、寂しい気持ちになりました。こんなところに置いておくなら、買い取って五日市郷土館にでも置けばいいのにと思いました。市に予算や思いがないのでしたら、市民でカンパして買いとりましょうか。ねぇ山猫亭さま。

今の秋川橋。
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橋のたもとに、秋川の変遷を書いたものが立っています。
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そこにも、昭和9年からの二代目の橋がかかれています。
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とりあえず、「市長への手紙」を書こうと思います。そして、「秋川橋の橋のあのところを保存する市民の会」でもつくろうかな。

橋がおちている所。


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2008年3月 8日 (土)

僕のアルバム 植田正治

昔、砂漠で家族を写した彼の写真を見たときに、心から驚いた記憶があり、なんとなく好きな写真家のひとりになっています。彼の「演出写真」は、「UEDA-CHO(植田調)」と呼ばれて、世界的に高い評価を得ています。ほんとうに日本には、素敵におかしな人がいたのであります。

その彼の没後に見つかった未整理のネガを編集したのがこの本。主に、奥さんの紀枝さんをモデルにした写真が中心。結婚したときの「演出」しない、姿から、だんだんと砂丘に近づいていく姿が面白い。雛人形やキャベツを撮った写真も好きだな。

僕のアルバム Book 僕のアルバム

著者:植田 正治
販売元:求龍堂
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一度、鳥取にあるという彼の美術館に行ってみたいものです。鳥取には「若桜の鯖天うどん」や鳥豚(とりとん)という店の「イカの塩辛をのせたじゃがバター」、「ばばちゃん」という魚、「とうふちくわ」などのソウルフードがあると聞きます。

もう随分昔に、鳥取で仕事をしていた時に「バジャーハウス」という飲み屋で毎夜飲んでいたことを思い出しました。

植田正治の世界 (コロナ・ブックス 136) Book 植田正治の世界 (コロナ・ブックス 136)

著者:植田正治事務所
販売元:平凡社
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2008年3月 7日 (金)

五日市 私市豆富店

何回も登場する舘谷にある、ワタクシのお気に入りの豆腐(富)店。ここは、豆腐と呼ばずに「豆富」と表現する。
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ここの「おぼろとうふ」と「もめん」&ペットボトルの空き瓶(空きペッ)入り「豆乳」がワタクシのここの三種の神器的定番。「豆乳」は、そのままのんでも、鍋に入れて、温めながらゆばを作ったり、豆腐、おっと豆富と一緒に、贅沢親子湯豆腐にしたりといろいろな使い方があります。もちろんニガリを買ってきて、おぼろ豆腐や沖縄風「ゆし豆腐」にしてもいいですね。
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揚げ物にはまだチャレンジしていない。ここの豆腐の特徴は、とにかく味が濃い。豆乳を飲めば分かります。
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ぶらぶらと散歩をしながら、ここで買った豆腐を、昼に食べ、よーく冷やした豆腐を、夕暮れ時に、ちょっと醤油をたらして、ビールをごくごくしながら食すのが最高です。醤油をちょっとかけるのと別に、豆腐をほじくって、穴を開け、そこに醤油を入れておくと、じわじわと周囲に醤油が広がり、醤油グラデーションが出来る。当然、染み具合による豆腐と醤油の出遭具合が異なるのであります。まっさらなワタシが、やくざな醤油に染まり、最後は、醤油そのものになっちゃうという、「幸子と一郎」ならぬ、「豆腐と醤油」の物語を見ながら、少しづつ齧り、ビールで喉を潤す。文学が生まれるのであります。豆腐は、食われちゃうけど・・・。合掌。
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残念なのが、お休みが日曜日。


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2008年3月 6日 (木)

うちのごきげん本 ばばかよ

ひさしぶりにオモシロ本に出合えました。ばばかよ著「うちのごきげん本」。著者名をぱっと見たときに「ばかかよ」という名前かと思い込んでいました。ぱらぱらめくると、本の紹介が、うまへた漫画で紹介しているので、「ばかかよ」的だなと思いましたが、実は違うのであります。

うちのごきげん本 (ダ・ヴィンチブックス) Book うちのごきげん本 (ダ・ヴィンチブックス)

著者:ばば かよ
販売元:メディアファクトリー
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ばばかよ さんなのでありまして。改めて「ばばかよ」とワタクシの頭のなかをデフラグしてみてから読み直すと、天才なのでありました。「ばばかよ」的本なのでありました。本の内容を天才うまへた漫画で的確に紹介してくれているのであります。そして、大切なのは、ワタクシの好きな本と傾向が似ているのでありました。彼女は、1970年の生まれですが、傾向に歳は関係ないのでありました。ぱちぱちの合掌。「愛があれば歳なんて」「愛があれば性別なんて」「愛があれば人間なんて」という標語がありますが、まさに「傾向が同じなら歳なんて」という新しい標語がここに誕生したのでありました。

最後のページにある水木しげるさんに会いに行くコーナーなんて、もう通り越してます。いいですね。だまされたと思って読んだほうがいいですよ。少し、長生きできるかもしれない。

まだまだ奥が深い日本でありました。「日本の女性は美しい。」というのは、某化粧品会社の某シャンプーのコピーですが、「日本の女性は、正しい」というような気分。「正しい」を「いっちゃってる」に置き換えてもいいですが。

ここで紹介されている本で、おっ、まだ読んでねぇぞ、と思った本をひとつふたつご紹介。なんと、『小説 中華そば「江ぐち」』もちゃーんと紹介されています。

吸血コウモリは恩を忘れない―動物の協力行動から人が学べること Book 吸血コウモリは恩を忘れない―動物の協力行動から人が学べること

著者:リー ドガトキン
販売元:草思社
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どこかで誰かが見ていてくれる―日本一の斬られ役 福本清三 (集英社文庫) Book どこかで誰かが見ていてくれる―日本一の斬られ役 福本清三 (集英社文庫)

著者:福本 清三,小田 豊二
販売元:集英社
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仙人入門 (知恵の森文庫) Book 仙人入門 (知恵の森文庫)

著者:程 聖龍
販売元:光文社
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2008年3月 4日 (火)

東京駅八重洲口の屋台のおでん屋

改装された東京駅がぴかぴか光る目の前に夜になるとひっそりと出現するのがおでん屋さんの屋台。いつかは、入るぞと夢を見ていました。椎名誠先生も言っていたけど「夢は持ち続ければ実現する」というお言葉のとおり屋台に突入してしまいました。小さな夢ですが、夢は夢。
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素面では、突撃できない小心者なので、いつもの八重洲「ふくべ」で、菊正宗の樽酒をしたたかに飲んでさっと暖簾ならぬ、ビニールカバーを掻き分ける。湯気たつ鍋に、おでんたちが気持ちよさそうに泳いでいます。
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明かりは、昔ながらの「カーバイト」ランプ。コップ酒と「すじすじ」を注文。魚のすじと牛すじ。そして、大根にウィンナー。
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この肉厚のグラスで飲む、熱燗はなんとも正しい日本の屋台という感じでよいのであります。
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こうして、八重洲の夜は更けていくのでありました。早く帰んなくちゃ。
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2008年3月 3日 (月)

青梅マラソンコースを歩く会

武蔵五日市駅発8:06の立川行きに乗り、拝島で乗り換え、再び青梅駅で乗り換えて古里(こり)駅に。
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スタートは10:00なのに、なんと8:30から受付をしているそうです。ワタクシは、スタートにまにあえばいいんじゃないのとゆっくり出かけて正解。第28回とのこと。そんなにやっていたとは初参加者のワタクシも驚き。スポンサーがコカコーラ。
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ゼッケンと記念品を貰う。ゼッケンは、見えるところに付けろということなので、胸につけて、ジャケットですぐに隠す。参加者は700名強とのこと。昨年は1043名の参加があったということなので減っている。高齢者方面が一見すると多い。人のことは言えないけど。
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ほおら案の定始まった。開会式だよ。挨拶する人も知らないし、内容も別にどうでもいいことをおっしゃる。みーんなパンフに書いてあります。しかし、上品な大人は、文句も言わずに回りの知らない人と微笑み会う。でも、挨拶する人も、言ってもしょうがないねとお分かり方向で、簡潔でよろしい。市長も市外の参加者が多いのか、極めて簡潔な挨拶で気持ちがいい。
ほーら始まった、準備運動。でも指導する女性がてきぱきと簡潔でとてもいい。思わずワタクシも、お手てぶらぶらしちゃいました。
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いよいよスタート。スタートもなにげなくて大変にいい雰囲気。200名づつのグループになって更新する。ザックザックと部隊は進む。コースは、古里小学校から河辺の青梅市総合体育館までの17km。古里から次の駅までは、集団行動で団体で歩く。これが嫌い。しかし、大人は暫し我慢。

川井駅で、群れから離れる。暇なのでとにかく歩くしかない。まあ歩く会だからな、とか考えながら歩く。10位以内狙いなので、そのへんに位置して自分のペースより早めに歩く。おっととっと、2位を抜いちゃいました。1位は、短パンで軽快に飛ばす。

あれっ1位も見えてきちゃいました。追いついちゃいました。残り10kmの地点。どうしようかなとか、考えているうちに抜いちゃったので、これはもうやるしかないな。命をかけても一位を死守だなと方向転換。

「へそまんじゅう」に着いたら「へそまん」を買おうかな、どうしようと考えながら歩くいてたけど、それどころではない、ひたひたと敵が迫る。

残り三キロあたりから1位争いの死闘が始まる。1位で進んでも信号で並ぶ。これの繰りかえり。青梅市総合体育館に入る信号でまた並ぶ。一気に抜きにきたので、力を振り絞り競歩スピードで1位を死守。ゴールに入っても、たんたんとしたもので、はいこっち、これが、「完歩証」。アンケートも書いてね。という具合であります。甘酒をくれるというので、一杯飲み河辺駅によろよろ歩く。一位の完歩証。左上にちいさく「1」がある。

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だれもぱちぱちしてくれないので、一人でぱちぱちする。【12:13分・17737歩・816kcal】

歩いてみて分かったのですが、歩道が凄く歩きづらい。狭い、車の出入りのところが、へっこんでいて高低差があるし、下水道のフタが整備されていなくてがちゃがちゃ。足をくじきそうになるし、疲れる。車道の隅を歩くと、後ろから「歩道を歩いてください」と注意される。いつからか、日本は歩行者より車優先の道になってしまった。今後、このへんは整備されたほうがもう少し、気持ちよく歩けるのかなと思いました。これは、ワタクシのCity・あきる野でも同じ。「歩きたい街」づくりをしている割には、「歩きたくなくなる」歩道たちで一杯です。

会場から、河辺駅の北口に渡り、河辺温泉に速攻。河辺温泉「梅の湯」の露天風呂に首まで浸かり、一人で「ごくろう」「ごくろう」、「がんばったね」とつぶやくのでありました。参加者が大挙、ここに押し寄せるかな、そしたらいやだなと想っていたら、ほとんどがらがらの状態で、とても気持ちのいい、空間と時間を過ごすことが出来ました。
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合掌。

さあてと、痛めた膝や足首の軟骨補修に「とんそく」を買ってオウチニ帰ろう。そして、ちゃんと昨夜から冷やしておいた、ひえひえのモルツとアサヒのカロリーオフ飲料を飲むのであります。今日は、いいんだものね。(いつもか・・・)

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2008年3月 2日 (日)

五日市 ぽかぽか 横沢入り 大悲願寺

小机坂の途中から横沢入りへ向かう林道を行く。ここは、不法投棄の名所で、看板を作ってもこのとおり。だから、関係者以外の車は入れなくなりました。
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横沢入りは、ぽかぽかの春でいい気持ち。今日は、イベントもないのか集団行動グループがいなくて、気持ちがいい朝。こういうところこそ、一人でぼぉっと来るのがいいのに、なんでみんな集団が好きなのだろう。おじさんが、日向にひとり座っていい気持ちそう。
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蛙の卵が、田んぼに一面。五つ子どころじゃなくて、千子、万子。これがみんな兄弟姉妹なんだから、親も多分、名前を付けるのが大変だし、顔も覚えられないよな。家族の団欒も難しい。今日は、蛙子N0.531が、運動会の蛙とび競争で一等になったから、みんなで、増戸のファミリーレストランへ行こうと言ったって、入れない。
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春の小川はさらさらちょろちょろ流れる。
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横沢入の向こうの大悲願寺。杉の巨木が2本どっしりとたっている。いずれも、あきる野市の保存樹林に指定されている。
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最近、修復された観音堂。
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外面の彫刻が迫力があります。地獄と極楽を描いているのですが、ここは、真言宗のお寺なので、大日如来様が極楽にゆったりと座っています。
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一方の地獄には、閻魔様がいて、舌を大ペンチで抜いたり・・・
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釜茹でしたりで大変。
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灯篭の穴から覗いた本堂。
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本堂の横には、ふきのとうや
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水仙の花たちが。
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仁王門の天井には、五日市・小庄の住人で、狩野派の絵師・藤原善信さんの描いた天井絵があります。
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この人は、五日市の玉林寺の本堂の天井絵も描いています。
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横沢入りに入るところに立つ道標。「向右 大久野 青梅」「向左 五日市 伊奈平方面」とあります。
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増戸の梅たちは、いまが盛り。
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ぽかぽかと春が春らしくなった五日市でありました。ほかほかすると眠くなる。

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