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2008年4月12日 (土)

あきる野市立五日市小学校

あきる野市立五日市小学校は、我が母校であります。いまでもキチント校歌も歌えちゃいます。「雲は行く ちゃんかちゃん 青空にぃー白い雲ぉぉ美しい町ぃぃわれらのふーるさとぉ僕らはしあわせだ、私たちは幸福だぁあ・・・・ちゃんちゃん」。

そんな学校の歴史は古く、明治6年に「五日市勧能学校」として設立されました。教員には、五日市憲法の草案を作った千葉卓三郎などがいて、まるで梁山泊のようであったと伝えられています。

その歴史ある学校がいまの五日市小学校。校舎の裏にある大きな石碑が前から気になっていました。昔から、見ているわりには、何が書いてあるのか知りませんでしたが、先日、よく見てみるとなあんと明治35年十月に建立された碑でした。この年に、五日市小学校が新築され寄付をされた方の名前が彫られています。「五日市小学校新築費寄付連名」というのが碑の表題。

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寄付された方でトップが「土屋常七」の一金 千三百三拾円、続いて「内山安兵衛」の一金千弐百三拾円。今と貨幣価値が異なるので、調べてみたら明治35年の貨幣は、現在では約10万倍ということなので、一千万円くらいになるのでしょうか。こういうことに詳しい人は、計算してみて教えてください。まあ昔は、お金持ちがお金を出して、学校、鉄道、バスなどの社会的なインフラを整備してきたのでありますね。偉いね。ぱちぱち。

隣に立つのは「皇紀二千六百年」を祝賀する碑。なんと、学校長の名前が彫られています。

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皇紀というのは、明治政府が定めた日本独自の歴史上の年数を数える方式で、1872年(明治5年)に明治政府が神武天皇が即位した年を、古事記などから西暦紀元前660年と決め、その年を皇紀元年と設定しました。この年が天皇制の始まりなので、皇紀年は歴代天皇の歴史と一緒になるのであります。

そして、「紀元2600年」は、1940年(昭和15年)の年になり、この年の11月10日に皇居前広場に5万人もの人を集め大々的なデモンストレーションを行いました。この祝賀の石碑もその一環として建てられたものでしょう。

「紀元2600年」を祝う歌「奉祝国民歌」なんかも出来て、みんなで「金鵄(きんし)輝く日本の 榮(はえ)ある光身にうけて、いまこそ祝へこの朝(あした) 紀元は二千六百年、あゝ 一億の胸はなる」とか歌ったのでありました。(当然、ワタクシハ生まれていないので分かりませんが。)

「紀元二千六百年頌歌」というのも作られたそうです。これは、「遠(とほ)皇(すめろぎ)の かしこくも はじめたまひし 大(おほ)大和(やまと) 天(あま)つ日嗣(ひつぎ)の つぎつぎに御代(みよ)しろしめす 尊(たふと)さよ 仰(あふ)げば遠し 皇国の 紀元は 二千六百年」というのだそうです。(この歌も、生まれていないので分かりません。)

多分、五日市小学校の校庭でも、この石碑を建てた校長先生を筆頭に、みんな一生懸命に、歌ったのでしょうね。その風景を思い浮かべると思い出したことがあります。それは、ワタクシガ愛するライザ・ミネリさま主演の映画「キャバレー」に出てくるシーン。ミュンヘン郊外で、ヒトラーユルゲントの少年たちが一生懸命ナチスドイツを称える歌を合掌する姿、のどかな田園に透き通るような声が響くその横で、しかめつらする老人の姿。「皇紀二千六百年」の場合でも、そんな、おじさんたちがいたのでしょうか。いたといいけど・・・。

映画「キャバレー」は、ライザ・ミネリの緑のマニキュアが忘れられず、立川名画座で5回見ました。「人生はキャバレーっライフイザ キャバレット」じゃんじゃん。

「紀元二千六百年式典ノ勅語」というのもあったそうです。勅語というのは、天皇のお言葉。キオツケー。

「茲(ここ)ニ紀元二千六百年ニ膺(あた)リ百僚(ひゃくりょう=官僚)衆庶(しゅうしょ=庶民)相会シ之(これ)レカ慶祝(けいしゅく)ノ典(てん)ヲ挙(あ)ケ以テ肇国(ちょうこく=はじめて国を建てること。建国ともいう)ノ精神ヲ昂揚(こうよう)セントスルハ朕(ちん)深ク焉(こ)レヲ嘉尚(かしょう=ほめたたえること)ス 今ヤ世局(せいきょく=世上のなりゆき。時局ともいう)ノ激変ハ実ニ国運隆替(りゅうたい=盛んなことと衰えること。また、盛んになったり衰えたりすること。盛衰ともいう)ノ由(よ)リテ以テ判(わ)カルル所ナリ爾(なんじ)臣民其(そ)レ克(よ)ク嚮(さき)ニ降タシシ宣諭(せんゆ)ノ趣旨ヲ体シ我カ惟神(きしん=神として)ノ大道ヲ中外ニ顕揚(けんよう=功績などをたたえて世間に広く知らせること。顕彰ともいう)シ以テ人類ノ福祉ト万邦ノ協和トニ寄与スルアランコトヲ期セヨ」なのでありました。

昔の人たちは、国語力や頭力があったのですね。ワタシ意味わかんない。なんて言ったら、「非国民」として、ビンタ受けてましたね。そうして、だんだん面の皮が厚くなり、感じなくなってくる。そして「ライフ イズ ゥオー」の世界に。合掌。

とにかく、歴史ある五日市小学校を見守ってきた石碑くんたちでありました。「ヤスメ」。

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