草花の湧水
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久しぶりに野辺の「白龍神社」の湧水に。
拝殿の右の段丘崖下から突如、川が出来た的な湧出をしているのがここの湧水の特徴。水量も多い。
流れ出した湧水は、小川のようになり滝をつくっています。滝口には倶利迦羅竜王の石像が。白滝神社は江戸時代には不動堂と呼ばれていました。不動明王が祀られていたためです。この不動明王の変化身が倶利迦羅竜王で、よく見ると剣に巻きついた黒竜が、剣を呑む形状を示しています(「秋川市ふるさとの道」)。
この一帯には、多くの湧水があります。西方の寺「真城寺」の北側の河岸段丘崖からいくつかの湧水があり、寺の裏に池を作っています。流れ出した湧水は、白龍神社の湧水と一緒になり秋川へと流れ込みます。
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あきる野市草花。森山会館の下の坂道・福寿庵坂の途中にある湧水が「白石の井戸」。
坂の名前・福寿庵坂の由来は、かつて慈照寺の末寺の福寿庵という庵があったことから名づけられた。湧水は、この坂の下、穴のあいた白い石から清水が湧き出していたので「白石の井戸」となった。一月十三日の繭玉(米粉で作った団子)作りにこの湧水を使って作ると蚕がいい繭をつくると信じられていて、養蚕の盛んな時期には、この水を求める人々で、露店がでるほどの賑わいだったそうです。
雨の後なので、水量も多い。
この近くにある森山神社には、水神宮とかかれた石が祭られています。神社の下から渡し舟が出ていて、水難除けとして崇められていたのですが、田の神、漁師の神など、なんでも願いをかなえてくれる石神様として地域の人たちの信仰の対象になっているそうです。
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あきる野市指定史跡「渕上の石積井戸」。
あきる野市教育委員会の看板によると
あきる野市指定史跡 渕上の石積井戸
所在地 あきる野市渕上330番地
所有者 あきる野市
指定年月日 平成4年7月9日地面をすり鉢状に掘りくぼめ、らせん状の道を設けるなど、堅井戸の普及する以前の井戸の特徴を良く示しています。
平成4年の発掘調査によって、東西5.5m、南北7.5m、深さ3.2mの規模であることや、壁全体に石積が施されていることなどがわかりました。また、北と南に階段状の入り口が設けられて、幅60cm程の道が左回りで平坦な底まで続いています。底は水をとおしにくい固い砂礫層(五日市砂礫層)まで掘り込まれていて、きれいな地下水が周囲の石積の間から湧き出しています。
構築年代は中世に遡りうる可能性があり、また石積をともなう点で大変希少で保存状態も良く、地域における水と生活の歴史を知る上で貴重です。(本井戸の脇に設けられている井戸は、昭和20年代までつるべ井戸として使用されていたものを復元したものです。)
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久しぶりに東秋留駅近くの二宮神社の湧水に。ぴーひゃらおとこは、今日も頭に餃子だかさやえんどうだかを乗せ、ちんぽをだしながらぴーひゃらぴーひゃらりと笛を吹いておりました。(笛が口から離れてますけど)
この池は、昔雨乞いをする池だったのだそうで、それのオブジェとして「雨乞い男」が作られたのだそうです。
鴨や鯉たちがゆったりとのんびりと暮らしています。
豊富な湧水は、小川をつくりここから流れ出しています。
いつも人がいなくて、とてもよい静かな場所です。ストレス解消には最適な場所。鳥たちの囀り、小川の音を聞きながら、冷え冷え冷えのビールを飲むのにはお似合いです。「あきる野市ビールを美味に飲む絶好の場所100選」でも出来たなら、上位にランクされる場所でもあります。
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小机のマイマイ坂の近くに、昔湧水があってよく飲んだものだと長老たちから聞きました。その昔、三内川の左岸には、赤道と呼ばれる細道があり、いまの小机坂の鉄道の陸橋あたりまで続いていたそうです。湧水は、マイマイ坂のカーブのところをころがりおちそうになりながら進むとありました。
岩の間からいまでも、ぽたりぽたりと滴り落ちています。昔は、もっと水量が多かったそうです。湧水のところにある粘土は、青く輝く粘土だそうで、長老たちが子どもの頃には、これでいろんなものを作ったそうであります。
慶応二年の武州打ちこわしの部隊も、この坂で戦った際には、きっと喉を潤したのでしょうか。
マイマイ坂と湧水は、このあたりになります。
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羽村に。羽村は玉川上水を初め水に関係するポイントがたくさんあります。そんなポイントをぶらぶら散歩。
駅の北口には、「まいまい井戸」が、これは、すり鉢状に道をつけ、底に縦井戸を堀り水を利用するというアタマがよろしい井戸。
ぐるぐると回る道がカタツムリに似ていることから「まいまいず」という名前に。
先日、居酒屋探検隊で代々木の「おくどはん」に行った折、T地区隊長のSさんからとても興味深い話を聞きました。彼は、岩手の山奥の出身なのですが、幼少のころの食生活にはなかなか興味深い話題を持っている。ひょんなことからエスカルゴの話になったとき、「おれ食ってたよ」「雨の日はかたつむりが沢山湧いてくるように出てくるので、焚き火の熾火の灰の下に、つこんどいて、殻が白っぽくなったら喰うんだけど、サザエなんかより上品だよ」とポツリと言い出しました。
彼が、淡々と語ると、なんか旨そうに思えてきて涎がでかかりました。今度、みんなで「カタツムリパーティ」を開こうということになりました。この報告はまた。
話を戻して・・・
これの大型が、青梅市新町にある「大井戸公園」の大井戸。羽村のカタツムリがあかちゃんだとしたら、3年もの充実したおやじのカタツムリ。食いでがありそうなカタツムリです。
この大井戸があった場所は、古青梅街道と今寺街道(秩父道)との交差点であったところで昔の交通の要衝地。このくらい広い道が、ぐるぐるしていれば、馬なんかもらくらく降りられたことでしょう。
あきる野市にもちいさな「まいまいず井戸」があります。「渕上の石積み井戸」と呼ばれていますが、あかちゃんより小さな胎児クラスの「まいまいず」。
駅の南口に回る。駅前の道をまっすぐ進み新奥多摩街道を過ぎると坂に。
この道も昔の鎌倉街道であったとのこと。すぐの右側に「馬の水飲み場跡」が。
いまでも、水がある。
坂を降りきり、奥多摩街道に突き当たると右、奥多摩方面に進む。羽加美三丁目交差点を左折し、田んぼや畑のあるほうに。
この一帯が、「白木」と呼ばれる地区で、羽村の発祥の地であるらしい。
その一角にあるのが、目指す寺「一峰院」。門は、鐘楼門という珍しい門で、羽村市の文化財に指定されている。門の上に鐘撞堂がのっかている形式。
本堂の左手に湧水が。小高い丘の側面から湧き出す水を樋で引き入れて池にしている。
じょろじょろ気持ちの良い音をたててとぎることなく湧き出している。
そんな水音の響くなか、門の横の草の中では、なかのよい石仏が苔むして静かに静かに佇んでいる。いやいやをする女性に無理やりキスを迫っているように写真ではみえますが、実物は・・・どうだっけ?
門前には、田んぼや畑がのんびりと広がり、その向こうに多摩川がゆったりと流れています。縄文の人たちもこの風景を眺めていたのだろうか。(ここで、ごぉぉぉーんと鐘楼の鐘が鳴ればいいのだが鳴らない。合掌。)
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西国立駅をスタート。モノレールの柴崎体育館駅の近くから始まる根川緑道入り口に。ここから川に沿った遊歩道を進む。
カモは朝寝坊なのか、朝日を浴びながらうたた寝の真っ最中。
湧水が噴水のように湧き出している。立川崖線から湧き出している水を引いているのと、汚水を処理した高度処理水を一緒に流しているのが根川。カモや魚が気持ちよさそうに遊んでいるので、糞尿処理水も相当綺麗になっているのでしょう。
その先が、残堀川に沿った遊歩道が続く。残堀川というとドブ川のイメージですが、なんと白鷺が舞っていたり、カモたちが泳いでいたり、なんとカワセミまで青色の羽を煌かせて飛んでいるではありせんか。ワタクシは、三羽確認。そのうちの一羽は、水辺の枝にとまってじっとしている、しばらく見ていたら、すっと水の中に。魚を捕まえているのであります。
見えるかな?カワセミが小さく写っています。残堀川は、前に「玉川上水ウォーク」でも書きましたが、もしもとは、玉川上水に注いでいた川でしたが、その汚れがひどくなり上水に流す水質ではなくなったため、多摩川まで水路を作った川です。そんな残堀川の下流にカワセミが生活しているとは、ほんとうに驚きました。今度、望遠レンズを持参して来よう。
残堀川と中央線が交差するところにある寺が、臨済宗建長寺派の「普済寺」。この寺は、立川の名前と同じ武蔵七党として活躍していた立川氏の菩提寺として南北朝時代の文和二年(1353年)に建てられた。もともとは、立川氏の砦の後を利用したらしい。その土塁がいまも残る。
寺の下に、中央線と残堀川が交差する。「・・・中央線よ空を飛び、あのこの胸につきさされー」と歌ったのは、友部正人。「にんじん」というアルバムに入っている「一本道」がその歌。このアルバムには、連合赤軍の浅間山荘の戦いをテーマにした「乾杯」や富山の自主的自動車レースを歌った「トーキングブルース」が入っています。お勧めだな。
![]() |
にんじん アーティスト:友部正人 |
残堀川沿いの遊歩道を進むと、右側の坂になにやら看板と地蔵堂が。
「山中坂」という坂。
地蔵堂の中には「被爆碑」が。それによると昭和20年(1945年)4月4日立川に空襲に来たB29の落とした250kg爆弾の直撃により、ここの防空壕に避難していた老人や子供たち42名の方々が亡くなられたそうです。
地蔵堂の隣には、「山中坂悲歌」という歌が刻まれた石碑があります。「あのかなしみを くりかえさない あのかな しみを くりかえーさな い」という詩が楽譜とともに刻まれています。合掌。
遊歩道に戻り、農業試験場にそって進むと「富士見緑地」に。ここに立川崖線から湧出する湧き水があります。
結構な水量の水が、崖のなかからあふれて池になっている。誰もいない公園は、緑の葉陰からの光が、水面二に光り、水音ともにいい気持ちにさせてくれる。
郷土資料館の近くにある「ぶどう園」にある「ゲイジュツ」。「ペプシコーラ」に出ていたヒトが、色違いで登場しているみたいですが、その足元にも「ゲージュツ」がありましたから、なんかの「本質」を現しているのではと思いますが、感性鈍磨のワタクシにはよくわかりませんでした。こころのなかで名づけたのは「ヘフシくん」でした。合掌。
「ヘフシくん」の足元に広がる「ゲージュツ」。ゲージュツは、なかなか難しい。
農業試験場の湧水。苔むして気持ちが悪い。でも水量が豊で川になって外に流れていく。
試験場の裏にある湧水。富士見緑地湧水の近くに湧く。崖線から湧く湧水は、ほぼ同じ高さから湧き出すのだという。このあたりは、黒土、関東ローム層、その下の砂利層、さらに粘土層の地層があり、降った雨が、砂利層を流れ、段丘になっている崖線から湧き出してくるというのが、湧水の仕組みです。(勉強になるブログだなぁ)
てなことで、立川湧水めぐりのお仕舞、お終い。またね。
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