takabayashimanjiro.cocolog-nifty.com > 万次郎の写真Ⅰ(武州世直し一揆を歩く)

01 名栗バス停

01 名栗バス停

飯能から約1時間で名栗に。正覚寺は、このすぐ近く。


02 正覚寺への橋

02 正覚寺への橋

バス停からすぐに橋があり、突き当りが正覚寺。


03 名郷・正覚寺内の神社の狛犬3

03 名郷・正覚寺内の神社の狛犬3


04 名郷・正覚寺内の神社の狛犬2

04 名郷・正覚寺内の神社の狛犬2


05 名郷・正覚寺内の神社の狛犬1

05 名郷・正覚寺内の神社の狛犬1

風情がある狛犬たちが境内に。


06 正覚時山門

06 正覚時山門

雑誌「サライ」でも紹介されている正覚寺は、精進料理と座禅が出来る寺としても有名。宿泊も出来る。一泊して、朝から歩くのもいい。


07 正覚寺

07 正覚寺

ここに一揆勢が終結し各地へ打ち壊しに向かった。


08 名栗・名郷・島田家の墓誌

08 名栗・名郷・島田家の墓誌

武州世直し一揆のリーダー。島田紋次郎の墓誌。慶応二年十月廿日俗名紋次郎と記してあります。合掌。


09 墓誌2

09 墓誌2

紋次郎の名前が記載されている墓誌。戒名は「寒窓了山禅定門」。「慶応二年十月廿日紋次郎」と刻んであります。獄窓から故郷のことを思ったのか・・・。合掌。


10 紋次郎墓

10 紋次郎墓

紋次郎の墓石。微かに文字が判読できる。


11 紋次郎の墓2

11 紋次郎の墓2

自然石に刻まれた墓石。


12 紋次郎の墓地

12 紋次郎の墓地

名郷バス停から秩父方面に少し行った山際に。


13 不動の名水の水のみ場

13 不動の名水の水のみ場

名栗街道の旧道の途中にある名水。この水も甘味があり美味。不動様の横にあるから不動の水。納得。この横が滝になっている。


14 沢水が滝となって

14 沢水が滝となって

名水の瀧。


15 名栗の郵便局跡

15 名栗の郵便局跡

名栗の郵便局の跡。なかなか渋い建物でありました。隣に新しい郵便局が。


16 湧水

16 湧水

ほんとうにこの湧水はありがたかった。もっていたペットボトルの水がちょうどなくなって、まるでオアシスですな。


17 湧水のあるバス停

17 湧水のあるバス停

この峯というバス停の前が湧水。


18 湧水注意書き

18 湧水注意書き

律儀でまじめな人が管理しているようだ。いろいろうるさいけど水は美味。


19 湧水看板

19 湧水看板

きちんとお金を払いなさい。


20 湧水看板

20 湧水看板

水検査済というのぼり。律儀な水汲み場があり、大勢の人がポリタンクに水を汲んでいる。車1台100円。美味。甘い水。ウォーキングしてくると格別。感謝。


21 右へ曲がると青梅

21 右へ曲がると青梅

名栗街道。右に曲がると青梅方面、左に行くと飯能方面に。


22 小沢トンネル

22 小沢トンネル

小沢峠を貫くトンネル。峠道もあります。


23 小沢峠入り口

23 小沢峠入り口

小沢峠を越えると青梅の成木に。トンネルの入り口に峠への道標が。


24 小沢トンネル

24 小沢トンネル

暗くて、車も結構通るので怖い。


25 松ノ木トンネル

25 松ノ木トンネル


26 松ノ木トンネルをくだり突き当りを右に

26 松ノ木トンネルをくだり突き当りを右に

松ノ木トンネルした。ここを右に曲がると軍畑方面に。


27 軍畑

27 軍畑

右側が軍畑駅、下が多摩川。多摩川を渡ると梅郷に。


28 軍畑大橋

28 軍畑大橋

多摩川をここで渡る。


29 梅ケ谷峠入り口

29 梅ケ谷峠入り口

奥多摩街道を右折する。


30 梅ケ谷峠

30 梅ケ谷峠

青梅から日の出に抜ける峠。


31 長井の道端に会った人形

31 長井の道端に会った人形


32 坂本の荒井家

32 坂本の荒井家

坂本の荒井家。


33 打ちこわしを受けた柱

33 打ちこわしを受けた柱

門の柱。のこぎりで柱をきってある。


34 武州世直し一揆打ちこわしの傷跡3

34 武州世直し一揆打ちこわしの傷跡3

荒井家の門の傷跡。


35 武州世直し一揆打ちこわしの傷跡2

35 武州世直し一揆打ちこわしの傷跡2

荒井家の門の柱の跡の鉈の切り傷跡。


36 武州世直し一揆打ちこわしの傷跡1

36 武州世直し一揆打ちこわしの傷跡1

日の出・坂本の荒井家の玄関の柱に残る打ちこわしの傷跡。この上にも鋸で切りかけた跡が。


37 武州世直し一揆打ちこわしの傷跡8

37 武州世直し一揆打ちこわしの傷跡8

荒井家の柱の傷跡。


38 武州世直し一揆打ちこわしの傷跡7

38 武州世直し一揆打ちこわしの傷跡7

荒井家の玄関脇の柱の傷跡。ざっくりと削ってある。奥様にいわせるとこれが一番凄いということでした。写真撮影はすべて2006年7月28日。


39 武州世直し一揆打ちこわしの傷跡6

39 武州世直し一揆打ちこわしの傷跡6

荒井家。門の裏面の塀。鳶くちとかけやの打ちこわし跡。しかし、この荒井さんは、約140年も前のものをそのまんま保存しておいてくれるのは感謝。


40 武州世直し一揆打ちこわしの傷跡5

40 武州世直し一揆打ちこわしの傷跡5

荒井家の門の塀の裏面。かけやで塀を打ち付けた跡。


41 武州世直し一揆打ちこわしの傷跡4

41 武州世直し一揆打ちこわしの傷跡4

荒井家の門の裏面の壁。鳶口での傷跡。


42 ひまわり

42 ひまわり

一揆は6月なのでたぶんひまわりは見ていない。


43 羽生大尽屋敷

43 羽生大尽屋敷


44 羽生大尽の門

44 羽生大尽の門

ここは、いまでも時代劇のロケでも使用されているらしい。


45 ぐみのき峠

45 ぐみのき峠

大久野側から小机方面を見る。このカーブの下が、昔、田んぼがあり、冬は下駄スケートのメッカであった。


46 ぐみのき峠

46 ぐみのき峠

いまは舗装されてしまったが、昔は、薄暗くもっと風情がありました。青梅道はこの道。


47 小机大尽門

47 小机大尽門

一揆勢は、ここでも接待を受け、最後の戦いの場へ歩んだ。


48 まいまい坂の分岐

48 まいまい坂の分岐

小机大尽からまいまい坂をめざしたと記載があるので、こちら側のおりくちから一揆勢が駆け下りたのでは。もうひとつ、この先にもおりくちがある。青梅道のおりくちは、そちらのほうが主道であったかもしれない。


49 まいまい坂おりくち

49 まいまい坂おりくち


50 まいまい坂途中の地蔵様

50 まいまい坂途中の地蔵様

まいまい坂の途中にある地蔵様。だれが着せたか赤い着物を着ています。一揆の犠牲者の追悼の地蔵様かも知れない。


51 まいまい坂

51 まいまい坂

まいまい坂。こういう道は、文化財「歴史の道」として整備して保存すべき。


52 まいまい坂

52 まいまい坂


53 まいまい坂

53 まいまい坂

まいまい坂の名前の由来のように、折れ曲がった坂


54 まいまい坂

54 まいまい坂


56 小倉方面からまいまい坂を見る

56 小倉方面からまいまい坂を見る


57 小倉方面からまいまい坂を見る

57 小倉方面からまいまい坂を見る


58 まいまい坂から小倉方面を見る

58 まいまい坂から小倉方面を見る


59 まいまい坂から小倉方面を

59 まいまい坂から小倉方面を

向こう側から鉄砲隊が射撃を開始した。


60 小倉原からまいまい坂方面

60 小倉原からまいまい坂方面

小倉原からまいまい坂を見下ろす。五日市の鉄砲隊は、こんな場所から一揆勢を射撃したのでしょうか。


65 まいまい坂のおりくちから小倉方面を見る

65 まいまい坂のおりくちから小倉方面を見る