飯能から約1時間で名栗に。正覚寺は、このすぐ近く。
バス停からすぐに橋があり、突き当りが正覚寺。
風情がある狛犬たちが境内に。
雑誌「サライ」でも紹介されている正覚寺は、精進料理と座禅が出来る寺としても有名。宿泊も出来る。一泊して、朝から歩くのもいい。
ここに一揆勢が終結し各地へ打ち壊しに向かった。
武州世直し一揆のリーダー。島田紋次郎の墓誌。慶応二年十月廿日俗名紋次郎と記してあります。合掌。
紋次郎の名前が記載されている墓誌。戒名は「寒窓了山禅定門」。「慶応二年十月廿日紋次郎」と刻んであります。獄窓から故郷のことを思ったのか・・・。合掌。
紋次郎の墓石。微かに文字が判読できる。
自然石に刻まれた墓石。
名郷バス停から秩父方面に少し行った山際に。
名栗街道の旧道の途中にある名水。この水も甘味があり美味。不動様の横にあるから不動の水。納得。この横が滝になっている。
名水の瀧。
名栗の郵便局の跡。なかなか渋い建物でありました。隣に新しい郵便局が。
ほんとうにこの湧水はありがたかった。もっていたペットボトルの水がちょうどなくなって、まるでオアシスですな。
この峯というバス停の前が湧水。
律儀でまじめな人が管理しているようだ。いろいろうるさいけど水は美味。
きちんとお金を払いなさい。
水検査済というのぼり。律儀な水汲み場があり、大勢の人がポリタンクに水を汲んでいる。車1台100円。美味。甘い水。ウォーキングしてくると格別。感謝。
名栗街道。右に曲がると青梅方面、左に行くと飯能方面に。
小沢峠を貫くトンネル。峠道もあります。
小沢峠を越えると青梅の成木に。トンネルの入り口に峠への道標が。
暗くて、車も結構通るので怖い。
松ノ木トンネルした。ここを右に曲がると軍畑方面に。
右側が軍畑駅、下が多摩川。多摩川を渡ると梅郷に。
多摩川をここで渡る。
奥多摩街道を右折する。
青梅から日の出に抜ける峠。
坂本の荒井家。
門の柱。のこぎりで柱をきってある。
荒井家の門の傷跡。
荒井家の門の柱の跡の鉈の切り傷跡。
日の出・坂本の荒井家の玄関の柱に残る打ちこわしの傷跡。この上にも鋸で切りかけた跡が。
荒井家の柱の傷跡。
荒井家の玄関脇の柱の傷跡。ざっくりと削ってある。奥様にいわせるとこれが一番凄いということでした。写真撮影はすべて2006年7月28日。
荒井家。門の裏面の塀。鳶くちとかけやの打ちこわし跡。しかし、この荒井さんは、約140年も前のものをそのまんま保存しておいてくれるのは感謝。
荒井家の門の塀の裏面。かけやで塀を打ち付けた跡。
荒井家の門の裏面の壁。鳶口での傷跡。
一揆は6月なのでたぶんひまわりは見ていない。
ここは、いまでも時代劇のロケでも使用されているらしい。
大久野側から小机方面を見る。このカーブの下が、昔、田んぼがあり、冬は下駄スケートのメッカであった。
いまは舗装されてしまったが、昔は、薄暗くもっと風情がありました。青梅道はこの道。
一揆勢は、ここでも接待を受け、最後の戦いの場へ歩んだ。
小机大尽からまいまい坂をめざしたと記載があるので、こちら側のおりくちから一揆勢が駆け下りたのでは。もうひとつ、この先にもおりくちがある。青梅道のおりくちは、そちらのほうが主道であったかもしれない。
まいまい坂の途中にある地蔵様。だれが着せたか赤い着物を着ています。一揆の犠牲者の追悼の地蔵様かも知れない。
まいまい坂。こういう道は、文化財「歴史の道」として整備して保存すべき。
まいまい坂の名前の由来のように、折れ曲がった坂
向こう側から鉄砲隊が射撃を開始した。
小倉原からまいまい坂を見下ろす。五日市の鉄砲隊は、こんな場所から一揆勢を射撃したのでしょうか。